2018年10月号の文學界に掲載された、平野啓一郎デビュー20周年記念企画「平野啓一郎の世界」。同誌に掲載されたエッセイ・作品論・対談記事を公式サイトでもお届けいたします。
先日所用あって蒲郡を訪ねた。これは小津『彼岸花』の終幕近く、主人公が同窓会で訪れる観光地であり、同時に平野啓一郎氏の生誕地である。海岸から沖に向けて橋が一本架かり、竹島という、神社のある風変わりな小島に繋げてあるのは小津も描いたし、その橋から振り向けば岡の上に立つ城郭風の蒲郡プリンスホテル(現・クラシックホテル)は宮家の定宿でもある。
名古屋中心から車で一時間ほどのこの地を、一切の理屈抜きに「王道」と呼びたくなる。たしかに平野氏は二歳でこの地を離れ、北九州市という、誰もが「あの怖いとこ」という形容を第一に出す場所に育つが、そこでも明治学園→東筑高校→京大という、キタキュウ人から見れば「王道」も「王道」、それもどこか世を拗ねたオシャレ感漂う「王道」を歩むのだから、蒲プリの正面玄関を入るなりそのアールデコ調に脂下がる「邪道」な映画監督ふぜいとは文字通りお里が違う。とはいえ「あの怖いとこ」つながりの私と平野氏は、ネット上の事件検索結果を報告し合い、同時にギター愛好家という共通項を有してもいる。
ごく最近、平野くんのギタープレイ動画をネットで見た。顔が映っていないのでご本人かどうか確証はない(疑うわけではない)が、とにかくそこで弾かれたギターはフェンダーストラトキャスターだった。ギターに憧れる若者ならば一度は手にする、これぞ「王道」。マイケル・シェンカーや渡辺香津美への憧れを公言してきた平野くんだが、その愛器はやっぱりストラトだったか、と思わず「邪道」は膝を打つ。ギター史上最も優雅なシェイプを持つストラトは「邪道」が敬して遠ざける代名詞であり、北九州市には決して似合わない。すぐれて蒲プリ的ギターである。
無論「王道」はその小説にも言える。通俗的なジャンル設定を採用しつつ、そこに超現代的な思考実験(たとえば「分人」)を導入し、未知の文学領域を切り拓く。過去の大家たちも大いに活用した小説の「王道」である。ミステリの『決壊』、SFの『ドーン』、そして「邪道」監督も映画化を企てた『空白を満たしなさい』はうまくいけばクローネンバーグ調ビザールスリラーになりえた。残念ながら製作側の期待はストラト的純文学路線だったが。そしていま、読者はメロドラマ『マチネの終わりに』映画化に歓喜している。おそらくこれは大ヒットするだろう。
かくして邪道は「邪道」からぼんやりと、ストラトを抱いて「王道」を往く平野くんを、諦念8羨望2の眼差しで見送るのである。
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