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〔文学の森ダイジェスト〕平野啓一郎が韓国文学を出版社代表、翻訳者と語る ── 『少年が来る』、文学と個人、フェミニズム

text by:平野啓一郎

平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークル文学の森では、3か月ごとに「深める文学作品1冊」をテーマとして定めています。その作品に関し、1か月目は「平野啓一郎が語る回」、2か月目は「平野啓一郎がゲストと語る回」、3か月目は「読者と語る回」を開催します。

10月クールの「深める文学作品」は、ハン・ガン『少年が来る』。この記事では、12月26日に開催したライブ配信「平野啓一郎が『少年が来る』を出版社代表、翻訳者と語る回」のダイジェストをお届けします。

韓国文学を語る上で欠かせない3名のゲストをお招きした対談は、『少年が来る』の魅力のみならず、文学と個人の関係、フェミニズムなど、多岐にわたる内容になりました。ぜひ最後までお楽しみください。 

左上から、平野啓一郎、ささき(司会)、きむ ふなさん、斎藤真理子さん、金承福さん

 

──今回のライブ配信は二部構成で、それぞれゲストをお招きしています。第一部ゲストは、『少年が来る』を含め韓国文学を日本で相次いで出版し、ブームの火付け役となった出版社クオン代表の金承福さん。第二部ゲストは、韓国文学の翻訳の第一人者である、きむ ふなさんと斎藤真理子さん。ハン・ガン『少年が来る』のお話を中心としながらも、現代韓国文学の翻訳や出版について視野を広げる対談になればと考えています。

 

第一部:平野啓一郎 × クオン代表・金承福

 

【日本における韓国文学の翻訳動向】

平野啓一郎(以下、平野):僕自身の経験をお話しますと、90年代末から僕の本が韓国語に翻訳されたおかげで、韓国の読者や出版関係者とソウルで接する機会が多くありました。その時に、韓国の現代作家で誰が好きですかという質問をされ、困ったことがありました。当時、日本には韓国の作品の翻訳があまりなく、一方で日本の文学作品はかなり韓国語翻訳が進んでいたので、そのバランスの悪さの中で、すぐに韓国の作家の名前を上げられないことに僕自身もどかしいような恥ずかしいような気持ちを持っていました。日本において意識的に韓国文学の翻訳を進めていこうという機運になったのはいつ頃と考えられますか?

金承福(以下、キム):私は1991年に、留学生として日本に来ました。当時韓国では日本の作品がたくさん翻訳されていたのに対して、新宿や神保町の本屋で韓国の作品コーナーを探しに行っても見つからない状況でした。平野さんがソウルにいらっしゃった90年代終わり頃も、まだ韓国の現代作家の作品はなかったですね。留学生時代から日本の出版社に韓国作品の翻訳を提案をしていましたが、なかなか売れないので出版までこぎつけるのは厳しかったです。日本だけでなく他の国でも同じ状況でした。2000年半ばぐらいから韓国作品が日本で翻訳出版され始めました。

平野:クオンもすごく大きな役割を果たしましたね。

キム:ありがとうございます。クオンが韓国文学シリーズを出版し始めたのは2011年です 。クオンは小さな出版社で細々とやっていました。2018年のチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳/筑摩書房)の翻訳で一気に伸びた気がしますが、その前(2015年)に、パク・ミンギュ『カステラ』(ヒョン・ジェフン、斎藤真理子訳/クレイン)が第1回日本翻訳大賞を受賞。その翌年にハン・ガンさんがマン・ブッカー国際賞を『菜食主義者』で受賞という一連の大きなうねりで今の人気に至っている気がします。

 

【韓国文学は韓流の一つのジャンル】

平野:その流れの一方で、映画やドラマの韓流ブームが日本で断続的に盛り上がったり、最近はBTSなどもすごく人気がありますけれど、そういうものが文学を後押ししている部分はあると思いますか?

キム:私は韓国文学は明らかに韓流のひとつのジャンルという意識があります。韓国メディアはそういう表現をされることに違和感を持つかもしれませんが、やはり韓国ドラマや映画、歌を楽しんだ人たちが文学まで足を伸ばしてくれたんじゃないかと思います。

平野:ハン・ガンさんの本も、BTSのメンバーが言及し、それで関心を持って読んだという人たちもいたようですね。

キム:BTSメンバーのRMが読んだ本のリストに『少年が来る』があり、それで光州民主化抗争(光州事件)のことを知り、もっと勉強したいという人たちが結構増えましたね。日本でもBTSのファンが注目してくれました。日本の人たちも、韓国のサブカルチャーから入って文学までたどりついてくださったところは似ているのかなと思います。

平野:韓国だけでなくフランスでも、サブカルチャーを経由して文学にたどりつくことを、パリ・ディドロ大学(当時の第七大学)で講義したときに受講者から感じました。

キム:私はよくクオンが運営する本屋でエンドユーザー(消費者)の方々にお会いします。ここ数年、韓国の作家の名前を出して、「次の作品を待っている」という読者が本当に多くなりました。私自身、韓国文学が韓流のジャンルの一つと思いながらも、文学が好きなので、文学が好きでここまできてくれた方々を大切な仲間だと思っています。

 

【韓国文学のパラダイム変化 個人主義世代の作家へ】

平野:韓国文学が広まった理由に、世代交代によって書くものが変わったことがあるのではないかと思います。黄晳暎(ファン・ソギョン)さんなどの民主化運動の時代の作家から、その後の世代、僕と同世代の作家であるキム・ヨンスさんの『世界の果て、彼女』(クオン)を読むと、もちろん歴史的な問題が書かれてる短編も中には含まれていますが、そうではない、ソウルの都市部に生きている現代の若者たちの姿がよく描かれています。日本人、韓国人というような違いを意識せず、現代の資本主義化された世界の中に生きる若者たちの、共通する繊細な心模様として鑑賞できる。そういう作品がたくさん生まれたことが、日本でも受け入れられた理由だったのではないかと思います。

キム:キム・ヨンスさんのお話が出ましたが彼が変化の境目になったのではないかと思います。彼は軍隊から帰った後の93年に小説を書き始めました。ある日、村上春樹さんの『風の歌を聴け』を読んで、民族的なことや国家的なものを超えて、個人の話をするんであれば僕にも小説は書ける、と思い小説を書いたというエピソードがあります。

 イデオロギー、民族問題、国家、戦争問題から離れて、個人や日常の話を作品にしていったのは、その時だと思います。ハン・ガンさん、パン・ミンギュさん、キム・ヨンハさんやパク・ソンウォンさんなどが90年代半ばに登場し、韓国の読者の共感を得ていきました。

平野:クオンからキム・ヨンスさんの長編が出たり、多くの韓国の翻訳本が出たのは、僕にとって大きなことでした。ハン・ガンさんの『菜食主義者』を「新しい韓国の文学」シリーズ(クオン)の最初の本に選ばれた理由はなんだったのでしょうか。また日本で翻訳されたのはこれが最初だったのでしょうか。

キム:出版社を立ち上げて、一番初めに出す本はとても大事です。李箱文学賞受賞など、韓国でも評価された作家を中心に、シリーズとして出版したい作家をリストアップしていました。ハン・ガンさんは特に素晴らしい作品を書くと評判の作家でした。その中でも『菜食主義者』はあまり韓国色が強くなかったので選びました。わたしの親友でアドバイザーでもある翻訳者のきむ ふなさんも、ハン・ガンさんを推薦していましたし『菜食主義者』を翻訳したいとおっしゃいました。

平野:ハン・ガンさんの『少年が来る』もクオンから出版されていますが、これはいつ頃読まれ、また、どんな感想をお持ちになりましたか?

キム:出版されてすぐ読みました。飛行機の中で読んだのですが、光州民主化抗争で命を落とした少年の母親(オモニ)が語る章(六章)までくると、もう涙がとめどなく流れ、隣の紳士がハンカチを貸してくれました。それでも本を閉じることができず、小説の中に引き込まれる作品でした。読む前は、なぜ今光州民主化抗争を書くのか、という疑問があったのですが、読んでみると、光州民主化抗争をテーマにした他の小説や映画と違って、やっぱりハン・ガンさんだなという思いが湧きました。ジェノサイドを訴えるのではなく、人間を治癒するという上で、ここまでの作品はないなと思いました。

 

第二部:平野啓一郎 × きむ ふな × 斎藤 真理子

平野:第二部では翻訳のことを中心にお話を伺いたいんですが、せっかくなのでお二人に、どのような経緯で翻訳を始められたのかを最初に伺って、その後、ハン・ガンさんの本をどういうふうに読まれてきたのかをお伺いしたいと思います。

きむ ふな(以下、きむ):大学時代に日本文学を専攻しましたが、それは音楽関係の父の書棚に日本の書籍がたくさんあったことが影響していると思います。1995年から日韓の作家交流の場での通訳や、韓国文学の翻訳のお手伝いをさせていただきました。第一部で平野さんが90年代後半に韓国文学の翻訳があまりなかったというお話をされましたが、お互いの作品をあまり読む機会がない作家のために、翻訳のお手伝いをし始めたのが、翻訳者になったきっかけです。日本の作品を韓国語に訳すことから初めましたが、少しずつアンソロジーの中の短編の和訳をするようになりました。『菜食主義者』は依頼ではなく、自分の方から手を上げた最初の作品だったので思い入れがあります。

斎藤真理子(以下、斎藤):私が韓国語の勉強を始めたのは大学のサークルです。入学した1979年にパク・チョンヒ大統領が部下に狙撃され、「ソウルの春」と呼ばれた時期があり、80年の5月18日に光州民主化抗争が起こりました。韓国の現代社会の動きにぐっと掴まれるようになって、91年から1年半ほどソウルに語学留学しました。その後、編集者をしていた10年間くらいは韓国語を使わない期間もありましたが、偶然、翻訳のお手伝いをしたことがきっかけで翻訳家となりましたので、読者代表のような気持ちでいます。

 

【『少年が来る』について翻訳者の感想】

平野:元々光州民主化抗争に興味を持たれていたとおっしゃいましたが、『少年が来る』という作品についてどういう感想を持たれましたか?

斎藤:これが光州文学の決定版だと思いました。ハン・ガンさんの父親世代に当たる、光州民主化抗争を体験している世代の作家も、小説に描いていますが、それらは、「なぜこのような惨劇が我々の国で起きたか」という問いに向かって突き進む文学だと思います。

 しかし『少年が来る』はそうではなくて、世界に向けて、人間であるからこういうことが起こりうるし、人間であるからこの悲劇に歯止めをかける、銃をとったけど撃てなかった人々がいる、そういうテーマに到達しているので、これは世界文学だなとしみじみ思いました。前回の「文学の森」ライブ配信のテーマにもなっていたと思いますが、その場にいなかった人だからこそできる作業で、父の世代のものを引き継いで、次の世代に持っていく。

 また、ハン・ガンさんはその声の重ね方に特徴があります。全てフラットな語りで構成されることはあまりなく、この声は誰の声か説明しすぎずに始まります。誰が言っているのか混乱する瞬間をわざと作って、声が混じり合う体験を私達にさせてくれているのかも知れません。『少年が来る』は、さまざまな「語り」が完璧にコントロールされた作品です。それだけに読んでいると本当に辛いです。非常によくできた刃物ですから、触れると本当に切れますし、一気に読める本ではないです。オモニが地方語で語る場面は本当に涙なしに読めません。心に食い込んでくるような作品なので、読んでいて怖くなる瞬間がありますね。

平野:個人主義になった作家の視点。一人一人にフォーカスし、どんな人生があったのかという書き方は、意外と当事者世代にはできないのかもしれないと、お話を伺って思いました。きむふなさんはいかがですか。

きむ:光州民主化抗争は私が高校1年の時に起こりました。なので、高校と大学時代は毎日どこかでデモがあるような日々を過ごしました。大学生になってから全貌がわかるようになりましたが、『少年が来る』を読むのはいろんなものが思い出されしんどかったです。翻訳された井手さんに、一番難しかったのは何ですかと聞いたら、感情を立て直すのが、訳す時に一番難しかったとおっしゃり、私だったらこれを訳せたかなという気持ちになりました。フラッシュバックもするので、読み直すのには心の準備がいります。

平野:同時代に経験した立場からすると、読むのが非常に辛いのはあると思いますね、悲しい話は結構読めるけれど、苦しい話は読むのは大変なんですよね。その悲しみと苦しみっていうのはあるところで結び合ってるのかもしれないけど、少し違うと思いますね。ハン・ガンさんは、伝える作品を書いてますが、韓国語の原文を読んだときに、ハン・ガンさんの「声」みたいなもの、何か定まったものが浮かび上がりますか?つまりハン・ガンさんの文体というものが一貫してあるのでしょうか。

きむ:作品によってはもちろん工夫されてるから違いますし、作品自体は重たくて苦しくなることも多いんですが、文体がとても美しいです。わたしが『菜食主義者』を翻訳したときに、ハン・ガンさんの文体は加えることも削ることもできない、端正で完成された文体だと思いました。その代わりにイメージの喚起を求められますので、平易な単語でそれをどこまで翻訳できるか試されます。韓国の人ならば、ハン・ガンさんの文体じゃないかとわかると思います。

 さきほど斎藤さんから女性だからこそ書けたということがありましたが、これまでの韓国の文学は、大きなテーマをメインに追いかけていることが多かったのです。その間にこぼれ落ちた声を女性作家が集めて届けようとしているということがあると思います。ハン・ガンさんの日常的で真の強さが感じられる詩集も素晴らしいのでぜひ手にとってほしいと思います。

斎藤:日本に紹介されている韓国文学の中では女性作家のものがとても多いですが、これは世界的にもそうで、いろんな言語圏で女性作家の作品が注目を集めています。少数者の中の最大多数という位置付けで、女性作家が多様な少数者に目をむけており、女性のテキストは浮上しやすい状況だと思います。

きむふな:平野さんの全作品は韓国に翻訳されていて日本のみなさんだけでなく韓国でも特別な作家ですが、そんな平野さんに、韓国文学を三ヶ月に渡ってとりあげていただきありがとうございます。いろんな国の作品をどうぞこれからもとりあげてください。よろしくお願いします。

平野:韓国文学イコールフェニズムと思われているくらい注目されていますね。韓国ではMe too運動のインパクトがとても大きかったのですが、日本は世界的ムーブメントを受け止め損なっているのではないかと韓国の人から言われたことがあります。東アジアフォーラムも続けていきたいと思っています。アジアで男性作家含め多様な作品が書かれていますし、ハン・ガンさんについても深まりましたが、韓国文学について三ヶ月皆で学んできましたので、引き続き読み続けていきたいです。みなさまどうもありがとうございました。

(編集・ライティング:田村純子)


金承福(きむ すんぼく)●1969年、韓国全羅南道霊光生まれ。ソウル芸術大学文芸創作科で現代詩を専攻。1991年に卒業し日本へ。来日してからも韓国の詩や小説を読むことを欠かさないほどの本好きが高じて出版社を立ち上げることを決意し、2007年にクオンを設立。事務所移転に伴い、2015年に韓国の本を専門に扱うブックカフェ「CHEKCCORI(チェッコリ)」を、本の街・神保町にオープンした。

きむ ふな●日韓の文芸翻訳者。韓国生まれ。翻訳書に、ハン・ガン『菜食主義者』、キム・エラン『どきどき僕の人生』、ピョン・ヘヨン『アオイガーデン』、キム・ヨンス『ワンダーボーイ』など、韓国語訳書は津島佑子『笑いオオカミ』など。斎藤 真理子との共訳でハン・ガン詩集をクオンより刊行予定。

斎藤 真理子●翻訳者。翻訳作にハン・ガンの『ギリシャ語の時間』(晶文社)、『すべての、白いものたちの』(河出書房新社)、『回復する人間』(白水社)、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)など。きむ ふなとの共訳でハン・ガン詩集をクオンより刊行予定。

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