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読み物

平野啓一郎×金原ひとみ───影響を受けた3冊を語る【文学の森ダイジェスト/後編】

text by:平野啓一郎

平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークル【文学の森】

2023年9月都内で開催されたイベントでは、小説家の金原ひとみさんをゲストにお招きし、大きな影響を受けた3つの文学作品について語り合いました。

前編に引き続き、二人が愛読する文学作品を通して、自らの作家としての歩みを振り返っていきます。


オルハン・パムク『無垢の博物館』
既成概念が覆されるラスト

平野:いよいよ最後の作品です。金原さんが持ってこられたのは、オルハン・パムクの『無垢の博物館』(早川書房 / 宮下遼訳)ですね。

金原:フランスに移住してしばらくした頃に読んだ作品です。主人公にはすっごく好きな女性がいて、ストーカーをして、女性の吸殻とか物をどんどん蒐集するんです。

ぐずぐずした男性が主人公の恋愛物語で、上巻は冗長なところもありながらも、下巻でストーリーが展開していきますが、ラスト近くで急に、「こんにちは、オルハン・パムクです。」っていきなり視点が著者に切り替わるんです。そこで大きな衝撃を受けまして。勝手に著者(パムク)と主人公を重ね合わせて、「パムクってこういう人なんだな」と同化して読んでいたのが、一気に覆されて。そこまでは主人公を愛しいと思っていたのが、その瞬間に、すっごく気持ち悪い男に感じられてくるんです。

最終的には、それも含めて全てを昇華していく強烈な世界観へ持っていく手法が、私にとって衝撃的でした。小説とはこういうものという漠然とした自分の思い込みを、また外側からひっくり返してくれたなという1冊です。

トルコはイスラム圏でありつつ、ヨーロッパに最も近い国ゆえに、引き裂かれるような感覚が、パムクの小説にはかなり書かれています。

平野:そうですね。トルコはEU加盟も議論されていますが、日本人からすると、不思議な感じに見えるところもありますね。

金原:わたしたち日本人が欧米化していって、アジア的な部分が引き割かれていく感覚に近しいものがあり、読んでいると本当に共感できるんですよね。自分が生きている国の息苦しさと、そこから出ることの開放感みたいなところを描いていて、フランスにいた当時、私はすごく共鳴しました。住む場所によって自分の感覚がどんどん狭まっていく感覚が作品に多いのは、この作品に感化されたところがあります。

平野:僕はパムクの『雪』を読みましたが、世代もあるけど、よく読者が辛抱してついて来てくれるなと思うこともあります。僕の感覚でいうと冗長に思うところもあるんです。僕自身、『葬送』を書いた時は、冗長なところも全て描いていましたけど、その後、長編小説の書き方を考えていくときに、デザイン的にまとめる方法も考えるようになりました。

金原:私もフランスにいたからこそ読めたんだと思います。パムクはベストセラー作家ですけれど、日本にいると結構「これが?」みたいに感じられるのは、やっぱり体感的な時間が違うのかなと思いますね。どういう環境に置かれているかで、かなり変わってきますね。

平野:それはありますよね。僕もフランスにいた時は、ちょっと退屈な本でも結構読めたんですよね。東京とパリの時間の流れ方がなんだか違う気もしますね。

 

 

アラン・コルバン『男らしさの歴史』
自分の中の悪しき「男らしさ」に気付かされる

平野:最後に僕の選んだ作品は、フランスの歴史学者アラン・コルバンの、『男らしさの歴史』(藤村書店 / 鷲見洋一, 小倉孝誠, 岑村傑訳)です。昨今フェミニズムがいろんな形で議論されている中で、「男らしさ」は基本的に全否定されてるような価値観で、僕も嫌いなんですが、そのことについても考えさせられる本です。

全部で3巻あるのですが、古代ギリシャから今に至るまで、「男らしさ」の変遷が共同研究のような形で書かれています。たとえば戦争時代は戦地で勇壮に戦うのが男らしさだったけど、中世の宮廷文化では、詩を書いて優美に女性をくどくのが男らしくてかっこいいとされたり。

女性に対するアプローチの仕方も、19世紀は、当時流行したポルノの影響で、女性を征服するのが男らしさの象徴のようになっています。この辺は文学作品だけ読んでいても、なかなか見えてこないところですね。

20世紀になって、広範に女性の性意識の調査がなされて、女性もエクスタシーがあることがわかって、それを与えらてないかもしれない、という不安が男に生まれ、男らしさをどう回復していくかということに悩み始めるという情けない話も、学術的に詳細に書かれています。

金原:それまで男性は自分をかえりみることがなかったんですね(笑)。

平野:今日持ってきたのはVol.2で、19世紀の話は現代に直結している話が多く、すごく面白くて付箋だらけです。結論としては、「男らしさ」は社会にとって何も良いことはないな、というか、 自分の中の悪しき男らしさが、歴史的にこういう経緯で成り立ってきたとわかると、身につまされるんですね。

金原:女性にはあまり必要ないかもしれないですけどね(笑)でも現代の男性たちに一番必要な視点が詰まっているのではないでしょうか。

平野:これを読んで僕は、『カッコいいとは何か』を書いたんですよね。

金原: 『カッコいいとは何か』が出たときに、結構ショッキングだったんですよね。男性たちはすごく沸き立っている感じがしました。なぜそこにこだわってしまうのかということや、「カッコいい」という言葉を使っている現代の人にとって、「男らしさ」と切り離せないものだということがわかります。

平野:かなり長い間、「男らしさ」と「カッコいい」は結びついてましたが、90年代ぐらいから、女性誌が「カッコいい女性」という表現をしだしたんです。男女共同参画の時代とリンクして、自分たちのロールモデルになるような女性の生き方というのも、「カッコいい」と表現するようになった。自分ではものすごく手応えを感じて書いたんですが、あまり評価されなかった気もします(笑)

金原:いえいえ、この本が『男たちの歴史』の現代版なのかなと思いましたね。本当にこんなところまで掘り下げるんだと思いました。本の厚みに意味があることがわかります。平野さんはいいな、こんなふうに書けたら幸せだろうなと思いました。

平野:そう言っていただけて大変嬉しいです。ありがとうございます。

 

映像技術とAIの時代に、小説にできることは何か?

———映像表現の技術が高くなった現在、今後、小説にできることは何だと思われますか?(参加者からの質問)

金原:映像では表現できないけど、小説なら表現できるものがあると私は思います。たとえば、はっきりした悪があって、それを叩きのめすような映画は、たしかに観ていて惹き込まれますが、それでスカッとしてしまう自分が怖くもあります。悪になりたいわけではないのに悪になるしかない人物の心理だったり、単純な善悪の図式の先にあるもっと複雑で曖昧なものを、もっとも克明に描けるのが小説だと思います。

平野:すごく共感します。犯罪を犯した人の生育環境とか、持って生まれた資質とか、犯罪に至った要素を分析してしまうと、どこにも怒りを向けようがないというか。必ずしも本人が悪いとも言い切れないというところまで考えていくと、「悪」というのは文学的には書きがいがないという気もします。

金原:やっぱり小説では、スカッとすることを目指すのではなく、なぜ自分はこう思ってしまうのか、これを求めてしまうのかというところを突き詰めていきたいですね。

———生成AIについての議論も盛んに行われていますが、それについてはどうお考えですか?

平野:AIというのはパターン認識を通じて似たようなものを作っていきますから、例えばドストエフスキーの小説を読み込ませれば、似たような作品は書けるかもしれない。でも、ドストエフスキー文学をゼロから作ることはできないですよね。誰も書いていないような新しいものは、これからも人間が生み出していくんじゃないかなと期待したいです。

僕がデビューした頃は「テクスト批評」というのが流行っていて、作品と作者は切り離して読むべきではないかという議論がされました。でも逆に、今後AIが書いたものが出てくると、生身の人間が書いていたことこそが良かったと思うんじゃないかなと思います。

例えば大江さんが亡くなって、大江さん的な小説をAIに書かせて、いかにも大江さんが書きそうなものができたとしても、それに感動するかというと、別ですよね。

金原:何かその向こうにあるものを、想像したり思い描いたりしながら読むことに、大きな意味があるんじゃないかなと思います。時代背景もそうだし、著者自身に対してもそうだし、著者自身も、どこかしら自分がこう表明したい、自分をこう見せたい、と思ってそこに寄せていってる部分っていうのはあると思うんです。その二重の深さが多分AIには期待できないだろうという気持ちはありますね。そこは結構大きな差になるんじゃないかなと思います。

  

自分に効く薬は、読者にも効くと期待して書く

————小説を書く動機は、デビューの頃と、10年20年経って、どのように変わっていきましたか?

金原:私は本当に野生児のように小説を書き始めた人で、面白いと思うもの、自分が書きたいものを叩きつけるように書いていて、自分の小説が社会の中でどういう位置づけになるかとか、どういう影響を与えるかということを、デビュー当時は本当に1ミリも考えていなかったんですね。

編集者とのやり取りとか、こういう人も読むかもしれないよという指摘とか、そういうものを受けていく中で、今年でデビューから20年経つんですけど、取り巻く社会も変わりましたし、自分が書いたものをどう受け取られるかというバリエーションが増えて、生み出す側の意識としては、あらゆるところを意識しながら書かないといけないなと、かなり変わったところがあると思います。

平野:そうですね、金原さんのおっしゃる通り、読者は現代人の代表だと思って、その反応を想像しながら書くようになりました。

僕の場合は、いろいろと悩みが多くて、その問題を自分なりに解決するような方向で書けないかなと思っています。自分に効く薬をずっと模索しているようなイメージです。同時に、僕の悩みは、皆さんと同じ時代を生きる中で生じているものだから、僕に効く薬は、ある程度他の人にも効くんじゃないかなという楽観的な期待とともに書いています。

金原: 平野さんの小説を読んでいると、寄り添ってもらっているような気持ちになって、ジンワリ泣けてくることがあるんですけど、それは多分、ご自身に処方しているのが伝わってくるんですよね。

平野: ありがとうございます。最初は、セルフケアが根本で、その結果として他者へのケアへ 広がっていくようなところがあるのではないでしょうか。

金原: コロナを経て、人前に出るのが久しぶりなんですけれど、みなさんが温かい反応を終始くださるのがずっと心の支えになっていました。ありがとうございました。

平野:金原さんは小説家として尊敬してますし、昔馴染みの友人としても好きな方なので、お話できてとても嬉しかったです。みなさんにも熱心に聞いていただいて、本当にいい機会だったなと思います。ありがとうございました。

(構成・ライティング:水上 純)

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