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読み物

表現者の苦悩──平野啓一郎 × 大空ゆうひ【前編】物語はクライマックスから考える

text by:平野啓一郎

※この記事は、2016年1月「cakes」に掲載された記事を転載したものです。

元宝塚歌劇団宙組トップスターの大空ゆうひさんが、自由に表現を楽しむ人にお話を聞く「表現者ノマド」シリーズ。当時『マチネの終わりに』を連載中だった平野啓一郎に、作品世界の作り方を聞きました。


大空ゆうひ(以下、大空):今日はお越しいただき、ありがとうございます。本日はよろしくお願いします。

平野啓一郎(以下、平野):よろしくお願いします。

大空:私が初めて平野さんの作品を読んだのが『決壊』で、その後『日蝕』『透明な迷宮』などいくつかの作品を読ませていただいたのですが、どの小説も毎回違う人が書いているのかなと思うくらいアプローチが違っていて。

平野:作風を変えるのは意識していますね。

大空:やはりそうなんですか。役者のタイプにも二つのタイプがあって、自分に役を引き寄せて演じられる方と、役自体に飛び込んで毎回違うアプローチで演じられる方がいて、私はどちらかというと後者で、平野さんの書き方にすごく共感したんです。そこでこういう機会をいただいたので、ぜひお話を伺ってみたいなと。

平野:大空さんのような方と対談が出来て光栄です。小説家になって良かった(笑) 。

本当のことを一度も書かなかった

大空:まずは小説家を志すきっかけについて教えていただけますか?

平野:小説を書き始めたのは17歳の時です。なぜ小説を書きたいと思ったのかは、自分でもよく分からないんですが、ずっと本を読んできたことと自分で少し書いたりしていたので、漠然と物語を書きたいとは思っていました。ただその時は、小説家になりたいとは全然思ってなかったですね。

大空:小説家を職業にしようというのではなくて、本当に何かを書きたいという欲求から始まったんですね。

平野:はい。そもそも小説家なんていうのは食べていけるはずもない職業だと思っていたくらいです。

大空:初めて小説を書かれる前は、何を書いていらっしゃったんですか?

平野:中学生の頃に日記を書いてました。生活している中で思いついたことや気づいたことを書き留めて、例えば駅でじっと線路を見ていると、表面はすごくピカピカに鏡のように磨かれているのに、横の部分は焦げ茶色にすっかり錆びていた。それを夜見た時に月の光に当たって綺麗だなと思ったんですよね。そういうことを、気がついた時に書き留めておいた方がいいなと。

大空:素敵!

平野:それが書き始めのきっかけでしたね。それで17歳で初めて小説を書いて、大学生になってまた小説を書きたくなって、その時に初めて小説家という職業に憧れ始めました。

大空:自分で書いていて、「けっこう才能あるな」と自分の才能に気づいたりはしませんでしたか?

平野:後から振り返るとそうなのかもと思うんですけど、僕、小学生の時の作文で本当のこと一回も書いたことなかったんですよ。

大空:え⁉︎ その頃から創作で書いていたんですか?

平野:普通の出来事を書いてもあんまり面白くないから、つい自分で作ってしまうんですよね。

大空:学校の先生から見たら、怖い生徒ですね(笑)。

平野:一度、人権問題についての作文で、ひどいいじめにあった体験を書いて問題になったことがあったんです。

大空:いじめられていたのですか?

平野:いえ、いじめられていません(笑)。想像力を働かせて、自分がその立場だったらどんなに辛かったかという思いで書いたんです。そしたら、それが賞に選ばれてしまって、友達や先生が本気で僕のことを心配してきて。僕自身としては真面目な意図で書いたつもりだったのですが、その時に初めて悪いことしたような気がしました。

大空:早熟な小学生ですね。

平野:この話は、幸い小説家という職業につけたのでカミングアウトできるというところはありますね(笑)。そのままサラリーマンになっていたら、子どもの頃はウソツキ少年だったという話にしかなりませんから。

大空:子どもの頃からフィクションを書いていたと。

平野:あと作文でも話に合わせて、文体や作風も変えていました。今もそうですが、構想し始めると凝りたくなってくるんです。このテーマだったらこの文体にしようって。

【作品のクライマックスを最初に考える

大空:私は舞台のお仕事が一番多いのですが、平野さんの小説に非常に演劇的なものを感じました。演劇でいうと物語や人物の性格に、セリフの言い方や歩き方の癖まで全部アプローチするんですけど、一番大事なのは、その人が入る箱、つまり舞台全体の世界観を意識することなんです。

平野:なるほど。

大空:私は毎回そのことをすごく考えるんですね。なので平野さんの小説も、登場人物や物語を追う楽しみだけではなくて、世界観ごと伝わる感じが演劇に近い気がしました。

平野:先ほど、役者には役を自分に引き寄せて演技する方と、自分を役に近づけて毎回違った演技をされる方がいて、大空さんは後者だと話されていましたけど、僕の小説も時代時代で変わっていきますね。その時代との反応みたいなものがあって。だから2006年の『決壊』を今読むと、僕が書いているんですけど僕が書いていないみたいな……。

大空:本当にそう思います。描写もシチュエーションも恐かったです。

平野:あの時代、2000年代半ばくらいの何とも言えない雰囲気に僕自身も反応していて、あの作品が出てきたんだと思います。

大空:書いていらっしゃる時の平野さん自身も毎回違っていたりしますか?

平野:やっぱり作品世界ごとに違う自分になっている感じがあります。あとは小説の場合は登場人物がたくさんいますからね。自分の共感する人物を書いている時はすごく感情移入しやすいですし、気持ちいいんですけど、本当に嫌なやつとか自分から遠い人物を書けた時にはそれ以上の変な快感があります。

大空:なんだかとてもお芝居と似ている。私も共感しやすい役はとてもやりやすいです。一方で頂いた役がダメな人だったとしても必ずそこに魅力を感じて演じますし、全く自分と違う人物でもその人を作り出すことによって自分が人間として豊かになる気がします。

平野:あと主人公でいうとよく脳内オーディションをやります。

大空:脳内オーディション! 観てみたい!

平野:僕の場合は最初に物語のクライマックスや感動的な場面のイメージがあって、それを書きたいと思って主人公を考え出すことが結構あるんですよ。

大空:物語や場面に合わせて主人公を考えるのですね。

平野:はい。声域の狭い人をシンガーに選ぶと書くメロディーが限られてしまうのと同じで、主人公が豊かな物語を生ききれない人物だと、うまく話を展開できなくなる。だからいくつかの人物像の中でオーディションをして決めています。

大空:その発想は面白いですね。物語の構想も最初にクライマックスを考えることが多いのですか?

平野:僕はなんとなく始まってなんとなく終わる話が嫌で、クライマックスでドーンと盛り上げたいんです。だからまず一番印象的な部分を構想してから、なぜそうなるのかという背景を見せていく組み立て方をよくやります。

大空:すごく分かります。私も舞台ではエネルギーの爆発のしどころ、やはりクライマックスを一番に考えます。そこに駆け上がっていく階段を作るとあとは勝手に決まっていくんですよね。物を作る時の流れとも共通するなにかを感じます。

 

▶︎後編につづく

(開催:朝日カルチャーセンター)

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