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読み物

表現者の苦悩──平野啓一郎×大空ゆうひ【後編】作品は私という人生を映す鏡

text by:平野啓一郎

※この記事は、2016年1月「cakes」に掲載された記事を転載したものです。

元宝塚歌劇団宙組トップスターの大空ゆうひさんと、平野啓一郎の対談。後編では、多くのクリエイターたちがぶつかる40代の苦悩の話から。当時『マチネの終わりに』連載中の平野啓一郎と、宝塚退団後も精力的に活動されている大空さん、お二人の創作のエネルギー源に迫ります。

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クリエイターが陥る40代の苦悩

大空:平野さんが現在連載されている(2006年1月当時)『マチネの終わりに』は、天才的クラシック・ギタリスト蒔野を主人公に、大小様々なテーマが折り重なり合いながら大人のラブストーリーが描かれます。書く際に意識されたことはありますか?

平野:僕は今年40歳になったのですが、40歳という年齢をかなり意識しました。周りの小説家やクリエイターの方を見ていて、それくらいの年齢になると、行き詰まってきたり、作風を思いっきり変えたりなどという例がよくあって。

大空:主人公の蒔野も38歳、洋子は40歳ですよね。

平野:20代の頃はやりたいこともたくさんあるし、やらなければいけないことも具体的です。でも40代になると、やりたいことや書かなければいけないことは既に30代でやってしまっていて。その先のレベルに行きたいなという気持ちはあるけれど、漠然としてしまうんです。主人公の蒔野は僕とは違うタイプの人間ですが、そういったクリエイターとしての問題意識が作品のなかにあります。

大空:40代の苦悩が大きなテーマになっているのですね。

平野:もう一方で僕が最近の世の中にうんざりしていて。嫌な事件も多いですし、政治的にも殺伐としているじゃないですか。

大空:そうですね。

平野:だから小説を読んでいる時くらいは、別世界にうっとり浸れるような恋愛の話を書きたいなと。小説には『決壊』のようなストレートに社会問題を追求するものも必要ですが、一方で非現実の世界に浸れる体験も必要だと思います。

大空:私も平野さんと同年代なので、とても共感できます。私も舞台で達成したいことや上だけを目指してやってきたあとに、次に自分はどういうステージを目指すのかなと結構漠然としてしまいました。若い頃とは肉体もアプローチ法も違いますし、エネルギーだけで押す表現だけではないですしね。

平野:大空さんの場合は、宝塚時代からトップになられたあとに次のステップのことを悩まれたことがあったのですか? それとも退団されてから?

大空:宝塚時代は全くその先のことは考えずに、自分の極めたいものを極め続けることだけに集中していたんですが、宝塚を退団した時に人生の節目だと感じました。もしかしたらその時が丁度そういう時期だったのかもしれないですね。

平野:なるほど。

大空:あとこの作品は恋愛小説ですけれど、若い頃の恋愛ではこうもいかないというか……。

平野:そうですね。やっぱりそこが書きたかったところでもあって、僕が40代になってから、恋愛の比重だけが大きい若い人の物語に共感をしなくなってきたんです。仕事や家庭などの複雑に絡み合う条件の中で、恋愛があるということにリアリティーを感じて。だから両方を書かないと、恋愛の話にもならない。

大空:今の時代、40代の女性も仕事の比重が大きくなってきていますし、仕事にやりがいをもって過ごしてきたら、自分の何もかもを投げ打って恋愛にひた走っていくことは難しいですよね。

 

共感が役者のエネルギーになる

平野:昔からよく言われてきたことで、男性小説家は本当に女性の心理を書けるのかというものがあるのですが、逆に大空さんが男性を演じられていた時は、どのようにして男性像を造られていたのですか?

大空:それこそ男性心理についてずっと考えていました。男性の観察もしましたけど、私は仕草よりも男性の持っている本質的な部分を見ていました。そうしていると、もう一人男性心理を持つ自分みたいなものが生まれるんですよ。

平野:もう一人の自分ですか。

大空:そうなると小説を読んでも映画を観ても男性の方にばっかり共感してしまうんです。逆に今は両方理解できるという部分もありますし、男性が書いたものを読むと、納得する時とこれは男性からみた女性像ではないのかと思うことがあります。男性が理想とする女性像を描かれることが結構多いので。

平野:そこは難しいですよね。女性をリアルに書くと、読者が満足するかっていうとそうでもなくて。

大空:気を使いますよね。そのさじ加減の難しさは分かります。宝塚歌劇団というところは女性のお客様がほとんどで、理想の男性像をみなさん観にいらっしゃいます。とはいえ理想の男性ばかりを演じることに私は少し歯がゆさを感じていて。

平野:夢物語だけでも薄っぺらくなってしまう。

大空:お芝居するからにはリアルが欲しかったんです。だから夢の世界にリアリティーというエッセンスをどう入れるかがとても重要でした。

平野:でもそんなに男性心理に通じてしまうと現実の恋愛とか難しくなったりしませんか?

大空:多分男性のことを理解するのは早いと思います。どの役を演じる時もこの人はどういう男性かなと考えていたので。でもそこは男性の気持ちを汲める女性だと良く捉えて頂きたいです(笑)。

大空:女性の心理でいうと、洋子の描かれ方は同世代の女性としてすごく共感できました。行動が大人で、こうありたいなと憧れる感じで。

平野:そう言っていただけて良かったです。共感はものすごく大事なんです。普段の生活でもやっぱり自分が感じていることや、悩みなどを人と共感したいとみんな思っていますよね。そういう時に自分の憧れる人も同じことを考えているんだと知ると嬉しいというか。

大空:確かに嬉しいです。

平野:読書体験の中でも、やっぱりすごく魅力的な人物に共感したいっていうところがあると思うんです。

大空:それは共感の秘訣かもしれないですね。自分と似た感情を持っているだけではなく、その人物が魅力的だからという理由で初めて共感するということはよくあります。

平野:それは小説のみならず舞台の世界でも言えることですか?

大空:はい。演技でいうと共感こそが役者のエネルギーとなります。やっぱり共感を持っていったもの勝ちみたいなところがあると思います。

作品の根底にあるもの

大空:平野さんの小説は毎回作風が違っていて、もちろん一つひとつも非常に魅力的なのですが、小説の書き順にも表現を感じます。

平野:創作活動の中でどういう流れでどういう小説を書いてきて、今自分はなにをしているのかはいつも自覚しています。大空さんも様々なお芝居をしている中で、変遷もあると思うんですけれども、その全体像を見るのが楽しいですよね。

大空:私も舞台に出る時の作品の流れをすごく考えます。いつもと全然違うジャンルの作品に出ても、自分の中に道筋のようなものはあるのか、全体として私という人生が見えてくるかどうかは意識しています。

平野:だから作品に好き嫌いはもちろんあると思いますけど、やっぱり一定のクオリティを保つことと、本人にとって切実な問題を書いているかどうかは重要です。読者の方が今回の作品は合わなかったけれど、また次に期待みたいな感じで読んでくれたらいいなということもありますし。

大空:やっぱり作品には、人間味の熟成みたいなものがどうしても滲み出てしまうし、どんなに作風やジャンルの振り幅が広くてもそこはきっと伝わるんですよね。私は40代の仕事の仕方として、最終的にはその奥にある人柄が一番大事だと思っています。

平野:次回作を楽しみにしてくれるかどうかも、作家の人柄によるところが大きいんでしょうね。

(開催:朝日カルチャーセンター)

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