読み物

〔ダイジェスト〕森鷗外『舞姫』『阿部一族』内外を平野啓一郎とフリートーク

text by:平野啓一郎

平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークル【文学の森】では、3か月ごとに「深める文学作品1冊」をテーマとして定めています。その作品に関し、1か月目は「平野啓一郎が語る回」、2か月目は「平野啓一郎がゲストと語る回」、3か月目は「読者と語る回」を開催します。

4月クールの「深める文学作品」は、森鷗外『舞姫』『阿部一族』。この記事では、6月24日に開催したライブ配信「平野啓一郎が森鷗外『舞姫『阿部一族』内外をフリートーク」のダイジェストをお届けします。

読者とのQ&Aのやりとりをお楽しみください。

Q1 鴎外の作品に短編が多いのはなぜでしょうか?

平野啓一郎(以下、平野):鴎外の作品には『青年』や『灰燼』、また晩年の『史伝』など少し長めのものがありますが、基本的に短編作家と認識してよいと思います。一つには文体が理由としてあります。鴎外の文体がとても簡潔なので、三島由紀夫は、もう少し雑多なものを含み込むような文体でないと長編にならないのでは、という論評をしていました。これも一理あると思います。また、作家の気質的なものもあり、漱石より鴎外の影響が強い芥川もどうしても長編は書けませんでした。

 『舞姫』また『阿部一族』もそうですが、ある出来事がどういう経緯でそうなったのか、事情や説明を聞いてあげているという書き方になっています。その物語の内容や展開も短編のサイズ感になった要因だとも思います。事情を聞くのに原稿用紙500枚とはならないですよね。

 さらに、鴎外は医者であり科学者、そして衛生学者でもあるので、自分の書きたい主題を、科学的に、実験と検証のように厳密に条件付けをして、文章をすすめている印象があります。例えば『高瀬舟』において、安楽死の問題は全体として大きな問いなんですが、こういう条件を踏まえてお話を作れば、結果としてこう証明できるというような作品の作りになっています。一作品ごとに、個別の条件で実験をし、検証して結果をだしている、そのスタイルが短編という形になっているのではないかと思います。

────同じ小説家として、平野さんの長編・短編の書き分けのポイントはありますか?

平野:主題そのものが持つポテンシャルというのがあり、音楽に例えると、交響曲になるようなものと、5分ほどのピアノ曲になるものがあるように、長編になるものか、短編になるものかを書き分けています。 第4期は『透明の迷宮』という短編を書いたことで、それが布石やキーワードになり、アイディアが膨らんで、長編の萌芽となりました。次のシリーズも短編を元に長編を書こうかと思ってます。

Q2 森鴎外は「人間性」という主題について、時代の通念(イデオロギー)との関わりにおいてどう考えていたのでしょうか?

平野:まず、「人間性」とは何かを考えると、時代のイデオロギーに感化された個人的な属性というよりも、ヒューマニティというか、人間一般の自然にあるべき姿、状態という意味ですよね。人間の自然にあるべき姿みたいなことを、僕たちは共有しているのだと思います。そういうことをするのは、人としてどうなのか、という時に使う「人として」というような考えが「人間性」の念頭にあります。

 鴎外は『大塩平八郎』の中で、裏切って密告した人物を書いています。鴎外はその人物を「人間らしく」自殺したと書いていて、僕には強い印象が残っています。「人間らしく」という言葉が出てくるのは、僕の知る限りそこだけなんです。鴎外の中では人間の中のあるべき姿というのが、一種の常識としてあったのだと思います。その常識に抵触しているような、不自然に見える人間の姿に対峙する自然な人間の姿が、鴎外の中では観念としてあったと思います。

 『最後の一句』では、忠孝というイデオロギーと子供が一体化して、父を助けるためなら死んでもいいですときっぱりと言い切りますが、本来子供は、死ぬのが怖くてそんなことは言いたくないはずだ、という一種の常識的な人間像がありますよね。それに反したことを、イデオロギーによって言わされることに対して、鴎外は疑いの目を向けていると思います。

 僕たちがファシズムを批判するときには、ファシズムに巻き込まれた人間が、人間性を失っている、あるいは非人間的に扱われているという感覚を持ってるからこそ、否定するわけですよね。「人間性」という概念は、僕たちの判断の中でも結構強く生きてる気がします。

 鴎外は『かのように』という作品を書いています。鴎外が「人間らしく」とか「人間性」というときには、そういうものがある”かのように”振る舞うことが社会を支えているという発想を持ち、示唆していると思います。

Q3 医師、軍人、小説家と多面的な顔を持っていた鴎外は、自分を何者と考えていたのでしょうか? 

平野:僕の言い方になりますが、鴎外はかなり「分人化」していた人ですね。その分人それぞれの経験が呼応しながら作品化されていると思います。『妄想』という作品は、鴎外のアイデンティティについて振り返り、死生観を見据えた思索的な短編となっています。その作品において、美学を論じるのにフォイトの論文を引用したところ、当時、鴎外はフォイト派と目されたわけです。単にその論文が優れてるから引用しただけで、別の話を論じるときには別の論文に依拠して話を展開するという、今で言えば当たり前みたいな話が、当時は一つの説を唱える人はその一つの説の信奉者と捉えられました。

 鴎外は科学者でもあったから、全くそんな話ではないと書いていますし、尊敬する人たちもいたが、終生ひとりの師について行こうとは思わなかったとも書いてあり、ある意味で学者としては非常に正しい態度だと思います。しかし当時は、鴎外は何を考えてるかわからない人と捉えられ、彼自身は、なぜたった一つの人格みたいなものをみんなが探り当てようとするのか、不思議だったと思います。

 鴎外は反自己責任論なんです。社会構造の中で、その時の条件や偶然を伴いつつ、人間がどう生きていくのかということを、生涯描き続けていました。そこに何か本質主義的な個人の個性を求めるのは間違いではないのか、というのが鴎外の考えです。”たまたま田園があったら田を耕す”(『なかじきり』より)ということが人間ではないかというのが、まさに鴎外の人間観を表現した言葉だと思います。『史伝』でも、ひとりの人間の個性や内面描写をするわけではなく、その人は誰の息子でどこで育てられたかという、社会状況を静謐に書いていくのです。『山椒大夫』だと、制度の中で生きてきた悪人の人格について勧善懲悪で書かず、制度の変遷に沿ってその通り生きたことを書いた。それが鴎外という人なのだと思います。

 僕はこのような鴎外の考えに共感するところが結構あるんです。僕という人間もいろんな偶然の中で今こういうふうに生きてる。たまたま運が良くて、『日蝕』という作品で作家としてデビューして今に至っていますけれど、送った原稿が評価されず、作家なりたいなと思いながら、まだ京都でいろんな仕事を転々としていた可能性だって全然あると思います。本当に何か人生の些細なことによって運命は変わっていくという気がします。

Q4 「Switch インタビュー(ryuchell×平野啓一郎)」NHKの番組冒頭、書斎での執筆シーンがありました。平野さんはいつも縦書きワープロで執筆されていますか?また読書メモや、取材や文献研究などはどう取りまとめていますか?

平野:僕は昔からワープロを使って縦書きで書いています。完成された本のスタイルに近い方がイメージが掴みやすいですね。ただ、紆余曲折があって、最初、ワープロの頃は原稿用紙フォーマットで書いてたんですよ。昔の作家なんてみんな原稿用紙に書いてますしね。でも僕にとって原稿用紙の一行20字の連なりは短すぎるんです。本になった時は、もっと一行が長いので、全体になったときのイメージのし易さから、A4フォーマットの大きさに縦書きで書くようになりましたね。小説を書く時には、あえてかな入力で打つプロセスを減らしています。

 僕の本の精読の仕方は、数ページごとあるいはトピックごとに、要約をノートに書いていくんですよ。そうすると全体がよく理解できるのと、後ほど参照しなければならない時に、どこに何が書いてあるのかがよくわかるんです。昔は手で書いていましたが、最近、音声入力の精度が上がっていますので、結構、音声入力でメモを取っていくことが増えましたね。芥川賞などの作品を読むときも、全てメモをとって読んでます。

 この方法は『葬送』を書いていた時に編み出したんです。ショパンとドラクロワとサンドの日記や伝記を把握し、それぞれの本のどこに何が書いてあるのかに、すぐたどり着けるように、ページごとに細かく何が書いてあるかというのをずっとメモを取っていったんです。ドラクロワの文献は翻訳もなくフランス語の原典でしたから、この方法は結構いいやり方だなと思いました。その後も、精読する必要がある本のときは、このスタイルでやっています。一冊一冊の中身を細かく把握しておくと、この本のどこかの部分があの本の部分と繋がってるみたいな感じで、ふと思い付くことや、ひらめきがあったりもします。

────音声入力したファイルをパソコンに全部保存されているのでしょうか?

平野:ワードファイルに、音声入力で書き込んでいっています。例えば三島由紀夫の『豊饒の海』の『春の雪』でしたら、『春の雪』の1ページ目から最終ページまで、ずっとメモを入力します。以前、「文学の森」でお配りしたような「読書ノート」のような感じです。

(構成・ライティング:田村純子)


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