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〔文学の森ダイジェスト〕平野啓一郎が読む 森鷗外『舞姫』『阿部一族』──「反自己責任論」人間への優しい眼差し

text by:平野啓一郎

平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークル【文学の森】では、3か月ごとに「深める文学作品1冊」をテーマとして定めています。その作品に関し、1か月目は「平野啓一郎が語る回」、2か月目は「平野啓一郎がゲストと語る回」、3か月目は「読者と語る回」を開催します。

4月クールの「深める文学作品」は、森鴎外の『舞姫』と『阿部一族』。

2022年で没後100周年を迎える、日本を代表する文豪・森鴎外。一般的なイメージはややとっつきにくく、「教科書で読んだことあるけど覚えていない」という方も多いかもしれません。

しかし、平野啓一郎は最も尊敬する作家の一人として挙げるほど、鴎外作品に惹かれ続けてきました。平野啓一郎が語る森鴎外の魅力とは何か? 作品に隠された「人間への優しさ」とは?

この記事では、その一部をダイジェストでお届けします。


 

【鴎外の文学ー『舞姫』は読者への”問い”である。】

────このライヴ配信に先立って行われた『舞姫』の読書会※では、「主人公・太田豊太郎は”身勝手な男”なのか」をテーマに掲げて話し合いました。結果的には、身勝手であるし、大事な時に決められない男だ、という声が多く出ました。どう思われますか。

※「文学の森」では、平野啓一郎によるライヴ配信の他に、メンバー限定の読書会も定期開催しています。

平野啓一郎(以下、平野):僕もその意見には賛成です。『舞姫』の文章はまさに名文で、非常に好きな小説ですが、この作品の内容を良いとする人は決して多くないですね。

 エリスは身ごもった自分が太田に置いて行かれると知り、精神が破綻した状態になりますが、太田は結局エリスを残して帰国しました。

 ただ注目すべきは、鴎外は決して太田を美化して書いてはいないということです。十人が十人とも、エリスが可哀想だという気持ちになる書き方をあえてしています。

 鴎外は文学者ですから、何か夢のようないいお話を拵えようというのではなく、ひとつの問題提起として書いているんです。「こんな一人の日本の青年がいて、どう思いますか?」と読者に問いかけている。徹頭徹尾、文学者の姿勢を崩さずに書いているところは、さすが鴎外だと思います。

 

 

【森鴎外の現代的な女性観】

平野:鴎外は、準備万端でこの小説を書き始めました。ドイツ留学中に、ヨーロッパでもごく初期の女性解放運動の会合が3日間開催されました。ほとんど女性しか参加しなかった中で、唯一の日本人男性として参加していて、それについてのフェミニズム研究者の研究もあります。社会状況や階層の違いで女性がどういう立場にあるのかを、鴎外はよく知っていました。

 そのような経験を経て、鴎外は女性をひとくくりにせずに、ドイツ三部作の中で、自分の意思を通せる貴族階級の女性を書く一方で(『文づかい』)、エリスのように、社会的に弱い立場や経済的に困難な状況下に翻弄される女性も描いています。『うたかたの記』は、没落した宮廷画家の娘で、カフェの女給で、その中間という感じですかね。明治時代の家父長制度下、男尊女卑が強い時代であったにも関わらず、誰もが女性という存在、そり社会的な地位の低さから来るエリスの不幸に共感するように書いているのは、鴎外が女性を尊重していた表れだと思います。

 実社会でも、鴎外は、樋口一葉をはじめ与謝野晶子など女性の作家を非常に高く評価して、文壇での活躍をバックアップしました。平塚らいてふなどの青踏派に対しても理解がありましたし、秀でた女流作家に対して早くから応援をしていました。

 

 

【”仕方がなかった”という感覚が鴎外文学の核】

平野:『舞姫』の主人公・太田はたしかに問題のある人物です。立身出世のためにエリスを見捨てた悪い輩だということになっていますが、その実、太田は出世欲が強かったわけではありません。では彼の何が悪いかというと、主体性がないことです。『舞姫』の最後の部分では、相沢のような良い友達はこの世に得難いものだけれど、(エリスと別れた一件について)彼を憎む一点の心が今日まで残っていると、書かれています。

「嗚呼、相澤謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳理に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり。」(『舞姫』森鴎外全集1/筑摩書房)

 太田は、親に報いるがため勉学をし、人に役立つ仕事を持ちながらも、それは自ら渇望したものではなく自分の人生ではないと感じています。エリスとの関係も成り行き任せなようで、世話になった友人や大臣に帰国を強く促され、いよいよ手立てがなくなり帰国します。この「主体性のなさ」を表す象徴的な一文があります。

「余は我身一つの進退につきても、また我身に係らぬ他人の事につきても、決断ありと自ら心に誇りしが、此決断は順境にのみありて、逆境にはあらず。」(同上)   

「自分の人生の決断がある」というふうに心密かに思っていたが、この決断は、たしかに物事が順調にいっている時にはあるが、逆境になった時にはほとんどないのだと、追い詰められて認識しています。

 これは『舞姫』だけのテーマではなくて、鴎外文学の一つの核心です。鴎外は徹底した”反自己責任論者”ではないかと僕は考えます。結論としては、”仕方がなかった”という感じなんです。他人に対しては、同情や憐憫であり、自分に関しては”諦念”、諦めの境地というようなところがあります。

 人間は、社会構造や、因習、偶然性、病、感情、義理、無意識、制度や法律的なもの、歴史やイデオロギーなど諸事情の中に構造的に位置づけられているから、順調な時でさえ、自由意志というものが一体ありえるのか、ということが鴎外の生涯の関心事だったと思います。そういう様々な枠組みの中で太田を見ると、結局、太田はほとんど自由意志がないような書き方になっているんですね。

 鴎外は主人公を自分の名前に重ねて描いているくらいなので、一種の自己批判と言えます。ただしあくまで客観視して、問題として提示している。しかし同時に、太田は腑抜けた奴だとして突き放して書いているわけでけではなく、共感を込めて、”仕方がなかった”ということを受け入れつつ、誰もがエリスの状況に心打たれ哀感を持つ。この矛盾を描こうとしたのが『舞姫』ではないかと思います。

 

 

【『阿部一族』に描かれる”反自己責任論”】

────自由意志がない書き方になっている『舞姫』ですが、当時のお家制度と自己とが一体化した『阿部一族』での”反自己責任論”はいかがでしょうか。

平野:『舞姫』でも言いましたが、『阿部一族』も”反自己責任論”です。主人公・阿部弥一右衛門は太田と同じような真面目な人物でした。誰よりも忠利※に完璧に仕えた忠臣でしたが、非の打ち所がないが故に、なぜか忠利に意味もなく嫌われてしまった。忠利に殉死を許されなかったことがきっかけで、最終的に阿部一族は討ち入られお家取り潰しとなります。

※主人公が仕えた肥後藩主の大名、細川忠利。

 個人の努力ではどうしようもない、不可逆的なことに運命を翻弄されてしまう。そういう考えが、鴎外文学の底流にあると思います。

 もう一つは、この時代の家制度、武士道というイデオロギーと完全に一体化せざるをえない人間は、本当に人間的なのか、非人間的な人間になってしまうのではないかという疑問を鴎外は持っていたと思います。

 鴎外自身、軍医として軍隊組織に所属していましたが、江戸時代の武士の生きざまを「武家社会のエートス」として美化して書いているわけではないと思います。恥の概念によって社会制度に身を呈して従っていく人々を具に描いています。

 

 

【鴎外の世界観から受けた影響】

────ありがとうございます。「文学の森」の参加者からのご質問です。「なんとなく浮いてしまう、疎まれる人物が主人公の二作品は、『本心』の朔也を彷彿とさせます。平野さんが意識して鴎外の思想を著作に取り入れられたところがありましたら教えてください。」

平野:僕は鴎外の”反自己責任論”的な世界観に大変共感を抱いています。人物を描こうと思ったら、その背景にある社会制度や人間関係を書かなければならない。そのため僕の小説は情報量がどうしても多くなります。

「ある一人の人間がこのように生きた」ということを書くには、社会的、時代的な背景が必然として関わってきます。突き詰めれば、その社会に生きた結果としてその生き方しか選べなかったということ。そう考えると、晩年、鴎外が史伝という書き方に行き着いたことも腑に落ちます。設定を変えると人生も変化してしまうから、資料が残っている人の人生をそのまま書くしかないと。

 ただ、完全に「人間には自由意志が無い」のだとラディカルに考えを進められないところもあります。その時々の個人の意志が働いてるような気もしつつ、実際にどの程度その自由意志があるのか、社会的に構成されたものなのではないかと、非常に微妙な境界で小説を書いているのは、僕が鴎外から受けた影響かもしれません。

 逆に、”反自己責任論”が僕自身の体験として骨身にしみて感じるようになってから、あらためて鴎外を読み返してみて、作品に通底する”反自己責任論”が非常によくわかるようになったということも言えます。

 鴎外は官吏制度や軍隊組織の中でがんじがらめになっていた人であり、立場的には国家の中枢まで到達し、政府と一体化してたようなところもあります。一方で文学者としては、それに反したものを書いて何度も発禁処分になったりしています。そういう制度的なものの圧迫を非常に強く感じていたからこそ、死ぬときは、陸軍の肩書きなどいかなるものも冠とせず、「石見人 森林太郎※」として死にたいという言葉を残したのでしょう。

※「石見」は鴎外の故郷、島根県の地名。「森林太郎」は鴎外の本名。

 鴎外は、小倉に左遷された時に、市井の人々に触れて人間的に丸くなり、優しくなったという研究もされています。その人間への優しい眼差しは、『本心』に登場する小説家・藤原の人物造形にも影響しているといっていいでしょう。

(構成・ライティング:田村純子)


平野啓一郎の文学の森

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