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〔文学の森ダイジェスト〕平野啓一郎が『春の雪』を翻訳者ラウラ・テスタヴェルデさんと語る──ニーチェが三島に与えた影響とは

text by:平野啓一郎

 平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークル【文学の森】では、3か月ごとに「深める文学作品1冊」をテーマとして定めています。その作品に関し、1か月目は「平野啓一郎が語る回」、2か月目は「平野啓一郎がゲストと語る回」、3か月目は「読者と語る回」を開催します。

 記念すべき公式オープン後の一冊目は、三島由紀夫の『春の雪』。この記事では、8月29日に開催したライブ配信「平野啓一郎が『春の雪』をゲストと語る回」のダイジェストをお届けします。


 

【ラウラ・テスタヴェルデさんと三島作品との出会い】

ラウラ・テスタヴェルデ(以下:テスタヴェルデ):ナポリ大学在学中、翻訳講座で三島由紀夫の『春の雪』を翻訳することになり、”これこそ三島の文体だ!”と感動したのを覚えています。私と三島との出会いは三島の”文学”であり、メディアの寵児・有名人としての三島、文学と関係がない彼の活動は知りませんでしたし、また関心もありませんでした(当時、『聖セバスティアンの殉教』をモチーフにして撮影された三島の写真などヴィジュアルをきっかけに、三島は外国の文学者に関心が持たれていたことがあった)。ただ、三島の自害については、私は当時3歳でしたが、(イタリアの)テレビで取り上げられていたことは覚えていますし、そのことは後にもショックなことでした。

 三島の一般的な認知はイタリアでもあり、国際交流基金のデータベースによると、日本近代文学作家で一番イタリア語に翻訳されているのが三島(イタリアの刊行調べ、再刊や重訳を含めて、約160件)、次いで、芥川、川端、谷崎です。現代作家では、吉本ばななが83件で三島の約半数、村上春樹もそのくらいです。いかに三島の翻訳が多いかということですね。

 初めて訳されたのは『潮騒』で、三島がまだ生きていた時です。その後、1970年までに9冊ほど翻訳されています。また、1961年創刊の「Il Giappone」 (「日本」)という学術雑誌の創刊号には、三島が1959年に「New Japan」に載せた当時の日本現代文学の紹介記事の翻訳が掲載されました。事件前から若手作家としてイタリアでも注目されていたということです。

 私が初めて読んだ『豊饒の海』は、英訳からのイタリア語翻訳、重訳でした。一度翻訳がほぼ止まった期間がありましたが、80年代に、政治思想と結びつけて彼の作品を解釈するのではなく、彼の優れた文学作品そのものを再評価しようという機運が高まり、翻訳が進みました。

平野啓一郎(以下:平野):センセーショナルな事件ではなく、秀でた文学者として三島が再評価され、翻訳が進んでいったというのは印象深いです。実は、フランスでも『豊饒の海』は英訳から翻訳されています。三島作品でさえ、英訳からの翻訳(重訳)がヨーロッパでは多かったということですが、最近は原文である日本語から翻訳し直そうという動きから、『仮面の告白』など三島の代表作が日本語から翻訳し直されていますね。

テスタヴェルデ:はい、イタリアでも同じ状況で、私が若かったときは、やはり三島作品は英語からの重訳が多かったかもしれません。ですが、ローマ大学のマリアテレサ・オルシ先生が『三島由紀夫選集』(モンダドーリ出版)を担当した時のあたり、2004年から2006年の間でしょうか、その頃に、殆ど全部の三島作品が、日本語から翻訳し直されました。私も、三島由紀夫選集の中から、『獅子』を翻訳しています。クラシック作品ですから、三島の翻訳は、いろんな人が手がけています。

 

 

 

  

【戦後の三島の苦悩】

平野:僕もローマ大学で講演をしたご縁で、オルシ先生を存じております。また、ベルリン2010年のシンポジウムの時に、ドイツ大使館の招聘で一般市民向けに三島について講演をしました。『金閣寺』の話をしながら、三島は戦争の時に徴兵検査に落第し戦争に参加できないまま終戦を迎え、そのために、生き残ってしまったことに罪悪感や恥の意識を抱えながら生きていたという話をしました。講演後、ドイツ人ではなかったのですが、大使館の方が来られて、今日の平野さんの話はドイツ人の聴衆にはピンとこなかったかもしれないと言われたんです。ドイツにとって、第二次世界大戦はナチスの時代です。その戦争に参加していたというのは恥ずべき歴史として戦後断罪されたので、その戦争に参加できなかったという苦悩の話は、わからなかったのではないでしょうかということなんです。

 イタリアも敗戦国で、大戦中のファシスト政権は否定されることと捉えられますよね。イタリアの場合、戦後の三島の感覚というのは理解されないのでしょうか?

テスタヴェルデ:イタリア人の代表としてではなく、私個人の感覚についてお話しますと、私は戦後生まれで戦争を経験していません。三島に興味を持った時は、すでに、文学界も、三島を文学者として考えようとした時代です。三島が戦争に参加できなかったというよりも、彼の同世代の若者が死んでしまった場に参加できなかったことについて、戦後世代の一般的読者は、彼の個人的な人間としての罪悪感を理解し得る、わからないわけではない、と思います。

 イタリアも敗戦国ですが、どの政治的立場にいたかにより歴史観が違ってきます。戦後のイタリアでは、ファシストから自由になったという「解放記念日」として、4月25日が国民の祝日に指定されています。戦争には敗れたけれども、ファシスト側に対して、勝利をした、とも言えます。

 

【『春の雪』とニーチェの関連】

テスタヴェルデ前回の「文学の森」でのライブ配信(平野啓一郎が『春の雪』を語る回)、興味深く拝見しました。『春の雪』の大事なテーマである「夭折」の話は、私の研究テーマ(三島とニーチェ)とも関連します。もちろんさきほどの戦争との関連もあると思いますが、ニーチェの『悲劇の誕生』には、「人間にとって一番いいことは何ですか」という質問に対し、「人間にとっては生まれなかったこと、それはできないので、早く死ぬことです」と答える場面があります。

 また、古代ギリシア(ヘレニズム期)の喜劇作家であるメナンドロスの詩の断片には、「神様が愛する者は早く死ぬ」と書かれています。『春の雪』の48章、醜い公爵の息子であるお化けが出てきますよね。彼はレオパルディの本を持っています。そして、そのレオパルディの『愛と死』という詩の冒頭には、メナンドロスの文章「神様が愛する者は早く死ぬ」が引用されているのです。『春の雪』のテーマと関連するのではないでしょうか。イタリア人ですから、とても気になりました。

平野:なるほど。三島はニーチェの著作の中でも『悲劇の誕生』をよく読んでいたようですね。ニーチェの他の著作について、三島がどのくらい読んでいたのかも気になります。今回、『「豊饒の海」論』を書いていて気が付いたのですが、三島は辞世の歌を二句残しています。その一つがこの句です。

     散るをいとふ 世にも人にも さきがけて 散るこそ花と 吹く小夜嵐

 ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の中に「自由の死」という一章があり、この章と今読んだ三島の辞世の歌は、ほぼ同じ比喩で書かれています。人間は寿命を待つのではなく然るべきタイミングで死ぬべきだということです。このことに触れた研究を読んだことはないのですが、僕は、恐らく、このニーチェの言葉が三島の歌の元になっているのではないかと思うんです。ニーチェの言葉が三島に強く響いたのは、もともと三島の中にあったテーマだったからこそだと思いますが。

テスタヴェルデ:そうですね。辞世の句には、ニーチェとの関連があるのではないでしょうか。『倅・三島由紀夫』に書かれているのですが、三島は最期まで、ニーチェの『悲劇の誕生』を持ち歩いていたことを母が見ていたと書いてありますね。ニーチェとの関係はとても深いです。そして、その影響があるためヨーロッパの人は三島を理解しやすいところがあります。

平野:三島は、ニーチェの「アポロン的なもの」、「ディオニソス的なもの」という言い回しをよく使いますね。旧陸軍の精神を、自分の中ではディオニソスなんだと表現し、創造の源泉であるという話もしています。ギリシャ神話やニーチェなど共通の教養が素地にあるため、ヨーロッパの人も三島を理解しやすいのでしょう。ただ、三島のアポロン的なものというのは、ギリシャ神話のアポロンというより、ニーチェの秩序あるアポロン的なものを示しているように思います。

 

【『春の雪』の主人公・松枝清顕が挑戦したタブー】

平野:前回の「文学の森」でも話したのですが、天皇の詔勅がおりた宮家の女性、いわば妃殿下を奪うというタブーの設定の上に、三島は更に聡子を出家させ、出家した女性に清顕は愛を伝えようとする。そのタブーに、死という更なるタブーを重ねます。ラウラさんは、最初に読んだ時、清顕の人物造形をどう思われましたか。

テスタヴェルデ私が最初に読んだのは、もう数十年前になります。『春の雪』は4部作の一巻目で、続く三巻で清顕が転生し、繋がっていくのですが、二巻目以降に読み進める前、この『春の雪』だけを読んだ時点での最初の印象は、綺麗な悲恋物語だと思いました。その時に、主人公である清顕はあまり印象に残っていないんです。

 平野さんが前回おっしゃっていた、三島によるタブーの設定がそれほど強いわけではないということについてですが、日本の文化を知らない外国人の読者にとって、宮家の女性を触ってはいけないタブーは、容易に想像がつくことではないし、タブーが強いかどうかは実感が伴っては理解できないと思います。私も、この『春の雪』だけを読んだ時点では、清顕には完璧な未来があり、でも自分のこともわからず、自分の愛する女性がいなくなってしまうということを思いもしない、どこにでもいる若者の悲恋物語という風に読んだと思います。

平野:そうですね。実は、現代の日本人が読んでも、宮家の女性に手を出すことがどれだけタブーか理解できないかもしれません。僕も初めて読んだのは高校生の時で、いけないことなんだろうなと思いましたが、三島自身がタブーを設定したと言っていることを素直に受け取りました。前回も言いましたが、バタイユがキリスト教を参照しながら挙げる、地獄に落ちるような強いタブーではなく、あくまでも社会的責任範疇の中で負うようなタブーで、次元が違うかなと改めてこの作品を読んで思いました。

テスタヴェルデ:1952年刊行の随筆『アポロの杯』で三島が書いていますが、彼はなんとなくギリシャに憧れていた。ギリシャとは古典ギリシャであり、キリスト教以前のヨーロッパ世界で、その世界と日本の共通点を探していたと思われます。実は、バタイユの最初のタブーは、キリスト教についてではなく、キリスト教以前のタブーの構造を話していたんです。キリスト教が入ってくると強いタブーになりますが。

 三島にとってもキリスト教以前のヨーロッパと日本の共通点を探していたのではないかと思います。キリスト教以前のタブーは、祭りの時にそれを破るんですね。祭りは日本にもあり、三島がディオニソス的陶酔で神輿を担ぐという写真も残っているんですけれど、ギリシャの祭りにも関連するんじゃないかと私は思ったのです。

 

【『春の雪』綾倉聡子というヒロイン】

平野:ディオニソス的な概念を、三島はふんどし締めて神輿を担ぐという実体験によって結びつけるところが面白いですね。知的に概念を吸収して操作するだけでなく、生きていることに深く結びつけながら考え、それを源泉に文学作品を生み出したから、彼が言わんとすることがヨーロッパの人にも理解されるというところがあるんですね。『春の雪』には綾倉聡子という主人公がもう一人出てきますが、聡子はどういう女性に思いますか。

テスタヴェルデこの年齢になって考え直してみると、最初の印象とは変わって、今は聡子の役割を考えてしまいます。悲恋の対象と思っていた聡子の印象とは変わりましたね。『豊饒の海』が自害直前に書かれたことである作品ということに関連していると思います。

 主人公ではないですが、脇役、例えば蓼科などの描き方が私は気になります。平野さんの小説で言えば、『マチネの終わりに』の脇役である三谷が印象に残ったように、三島作品における脇役は共感できますよね。脇役が魅力的だというのは平野さんと三島の共通点ではないでしょうか。

平野:光栄です。『春の雪』だけでなく、全4巻『豊饒の海』を読むと読後感も大きく変わる小説ですが、4部作全て、外国の方が読み進められるものでしょうか。

テスタヴェルデ:4巻、唯識論となるとみんなが読めるかどうかわからないけれど、逆にそれに興味を持って読む人もいるのはないでしょうか。仏教に興味を持っている人もヨーロッパにはいますしね。

平野:禅でしょうか。三島は35歳からこの小説のことを考え始め、40歳すぎた頃から書き始め、3500枚の超大作として完成させました。僕自身も40代になって当時の三島と同じ年齢になって改めてこの作品を読むと、感じることが変わってきたんです。昔はよくわからなかったことも、今では中年作家としての苦労を感じたり、三島の人生を結びつけて読んでしまうんですが、三島が最期の作品としてこの作品を5年かけて書いていたことについて、漠然とした質問ですが、どう思われますか。

テスタヴェルデ:最後の作品と思うと、全てに意味があると思って読みます。どこにも意味を探してしまいますから疲れますね(笑)。平野さんは清顕の人物造形があまりよくできていないとおっしゃっていましたが、そのことについては、何か理由があるのではないかと思わないではいられません。意味があるのかもしれないと思い、読み返しています。

平野:僕は昨年から『「豊饒の海」論』を「新潮」に連載していて、本当は3ヶ月の短期連載のはずが、1年になってしまいました。資料に目を通しながら精読していると、三島は自決のことを考えながらこの大作を書いていて、自分の人生や思想を詰め込めるだけ詰め込んでいると感じられます。今は『天人五衰』まできたところで、連載はもうすこしで完結を迎えることができそうです。

 

(編集・ライティング:田村純子)


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