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〔文学の森ダイジェスト〕平野啓一郎が三島由紀夫『春の雪』を語る ─三島由紀夫の作品に映る作家像に迫る

text by:平野啓一郎

 平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークル【文学の森】では、3か月ごとに「深める文学作品1冊」をテーマとして定めています。その作品に関し、1か月目は「平野啓一郎が語る回」、2か月目は「平野啓一郎がゲストと語る回」、3か月目は「読者と語る回」を開催します。

 記念すべき公式オープン後の一冊目は、三島由紀夫の『春の雪』。この記事では、7月25日に開催したライブ配信「『春の雪』平野啓一郎がひとり語る回」のダイジェストをお届けします。


 

【「文学の森」公式オープン後の一冊目は『春の雪』】

平野啓一郎(以下平野):プレオープン期間では、僕の作品『本心』を皆さんと一緒に読んできましたが、本来は「世界中の文学作品を一緒に楽しんでいきましょう」という会です。5月にNHKの「100分de名著」という番組で三島由紀夫の『金閣寺』を解説したところ反響が大きく、三島に関心を持たれた方が多くいらっしゃいました。また、現在進行形で、「『豊饒の海』論」を書いているところですので、公式オープン後の一冊目は、映画化もされた三島由紀夫の『春の雪』がいいのではないかと思い、取り上げることにしました。

 

【三島作品との出会いと関わり】

── NHK「100分de名著」では、平野さんが挙げていたキーワードに沿って読み解いていくと、目の前の『金閣寺』が拓けていくような新しい理解が得られました。今回の『春の雪』も新たな理解が生まれるのではないかと楽しみです。平野さんが『春の雪』、『豊饒の海』に初めて触れられたのはいつのことでしょうか。

平野:中学生の頃から、三島の『仮面の告白』や『潮騒』などを読み始め、高校生になって『豊饒の海』を読みました。実は『仮面の告白』や『金閣寺』のように大きな衝撃があったわけではなく、巻を追っていくごとに難解になっていくというのが当時の印象でした。今、三島が書いた年齢になって読むと、大作家に言うのもなんですが、小説として難点もありながら、僕の心境の変化もあり、わかることがあります。

 これまで、「『英霊の声』論」、「『金閣寺』論」、「『仮面の告白』論」と書き進めてきましたが、これらを『三島由紀夫論』としてまとめ上げるには、最後に「『豊饒の海』論」を書かなければならず、現在、取り組んでいます。

 三島は、ある時期から、これを最後の作品にしようと明確に思い定めていたと思います。彼の考えていること全てを盛り込もうとしているんです。丹念に詳しく読み込むと、これまでの作品との関連がとても複雑に入り組んでいるのが見えてきて、当初より「『豊饒の海』論」は長くなりました(笑)。同時に、三島を理解する上では欠かせない重要な作品であると感じました。文学の森では、僕の『春の雪』の読書メモを皆さんに共有していますので、それもぜひご覧になってください。

 作品を解釈するとき、作品と作者を切り離すべきだという批評の立場と、作家の人生を含めて作品を論じるべきだという立場に分かれますが、僕はどちらもあって良いと思います。歴史的に作品もその作者の人生のこともよく知られている場合、その作者の人生で起こった出来事が作品に大きな影響を与えていることが明白なことがあります。三島は、とりわけその人生で経験したことや価値観が大きく作品に反映されている作家だと思いますので、僕は三島という作家と作品を結びつけて読んでいます。

 

【平野啓一郎から見た作家・三島由紀夫】

平野:三島は20歳で終戦を迎えています。三島は病により出征しませんでしたが、同世代の青年は戦争か、空襲か、あるいは病により死ぬことが前提になっていました。天皇を絶対的な価値観とし、国家のために生きるという戦時中の目的が終戦により崩壊し、経済成長に伴い、世の中は、豊かな生活享受という方向にシフトしていきます。その中で三島は、終戦後、生き残った自分を戦後社会に順応させることができません。そこで、『金閣寺』の中で、絶対的な価値の象徴としての金閣寺を主人公が燃やし、否定することにより、三島自身、自由を得て現実を生きようとしたと僕は解釈しています。

 その後に執筆された『鏡子の家』では、いくつかの生き方が登場人物によりシュミレーションされています。特に、芸術家として生きる山形夏雄に希望を託し、三島のアイデンティティを反映させています。三島は、同時期に日記『裸体と衣裳』を書き、絶頂期でしたが、その『鏡子の家』が文壇で低評価だったことに傷つき、芸術家としてどうやって生きていけばいいのかわからなくなります。そして、大江健三郎さんが、戦後民主主義社会という政治体制を支持しながら作品を生み出して行ったのに対し、三島は大衆消費社会に適応して生きていこうとします。”メディアの寵児”として人気を博しますが、疲れてしまうんですね。

 しかし、35歳くらいの頃から腰を据えて代表作を書こうと思い始め、それが『豊饒の海』の構想につながるんですが、実際に執筆を始めるのは40代です。30代後半、さまざまな事件や訴訟などがあり、文壇や演劇界などにだんだんと居場所を失くして、スランプ状態になりますが、40代に『英霊の声』を執筆したら大変な反響が来て意欲が回復し、そこから一気に政治思想に傾倒していきます。三島の中で戦後社会への複雑な反発が高まっていた時に、『豊饒の海』への執筆にとりかかることになります。

 三島はいつから死ぬことを考えていたのかというのは難しいのですが、僕は30代の終わり頃だと思います。明示はされていませんが、『午後の曳航』という作品の最後の場面には、死に魅せられつつ死にたくないという思いが強く感じられます。三島の行動を見ていると、40代では具体的に死を考えつつ揺れている気配が見受けられます。生と死の間(はざま)で書かれた作品が『豊饒の海』だと思います。

 

【清顕に投影された三島の死生観】

──『春の雪』の主人公である清顕が、最終的には死へ向かうことで理想を追求しようとしたことは、三島に近い感じがしますね。夭折を望んだけれども結果的には果たさなかった三島と、『豊穣の海』のテーマである輪廻転生もつながるのでしょうか。

平野:三島は、20歳で夭折したレイモン・ラディゲ(著作『肉体の悪魔』など)に憧れていました。戦中当時、日本の若者は20歳になると徴兵され、死ななければならなかった。それが美しいと三島は思っていましたから、20歳で若いうちに美しく死ぬことに拘ってました。その考えが『春の雪』にも反映されています。三島自身、40代になりいつ死ぬかということを考えていた焦りが感じられます。実際、学生との討論では、まだ美しく死ねるという言葉を残しています。

 

【『春の雪』で描かれた観念的な「恋愛」】

── 『春の雪』を読んで、清顕は聡子に本当の恋愛感情を持っていたのか?と、疑問に思いました。清顕は、理想や追い求めるものを勝手に聡子に投影していたようにも感じられたのですが、いかがですか。

平野:僕は、京都にいた頃に、谷崎の小説『瘋癲老人日記』のモデルである渡辺千萬子さんにお会いして、作品についての関わりを直接お伺いしたことがあります。谷崎は、物語性豊かで芸術至上主義的と思われがちですが、代表作には、私小説的なところがかなりあります。作品にリアリティがあるのは、モデルがいるからなんです。女性の描き方一つとっても、生き生きとしてディテールに凝っていて、女性の美しさを詳細に描いています。

 一方、三島の『春の雪』は観念的に恋愛を書こうとしています。三島は、恋愛において燃え上がるのは禁忌(タブー)を設定し、不敬を犯すときであり、そこにエロティシズムが生じるというようなことを書いています。(ここでは割愛しておりますが、実際の「文学の森」では、三島の書いた一節を平野啓一郎さんが引用して読み上げています。)つまり、『春の雪』の恋愛をしくみから書いているんです。

 三島は、『金閣寺』においては、金閣寺を美、絶対なる価値として見立てていましたが、『春の雪』では、天皇の勅許がなされた聡子を宮家の雅の象徴として見立てています。天皇に清顕が頭を撫でられるシーンがありますが、そこでは、天皇崇拝ではなく妃殿下への憧れが描かれています。三島にとっての天皇とは、『春の雪』の大正天皇ではなく、白馬に乗った昭和天皇であり、『春の雪』でも、天皇の存在は影薄くあまり描写されていません。

 主人公である清顕の松枝家は、武家の出身で、いわば成り上がり者の成金であり、本当の雅の文化は伝承していません。それに対し、綾倉伯爵家、そして、息女である聡子は宮家の雅を正当に伝承しています。幼少時に清顕は綾倉家に預けられ、聡子と姉弟のように過ごしますが、清顕は本当に伝承する者ではなく、いわばコピーでしかないわけです。ここに清顕の鬱屈した思いがあります。『金閣寺』の絢爛なる金の美しさと比して主人公・溝口が暗く対照的なのに対し、ここでの天皇の雅とそのコピーという対比は作品の作りとしては印象が薄い感じがしますが、ここに三島を理解する鍵があると思っています。

 三島がタブーを設定することで恋愛を燃え上がらせると言ったように、主人公・清顕も、聡子が宮家に嫁ぐことになったことで、その思いを燃えたぎらせます。二人がついに結ばれるシーンの描き方は、聡子を見ているというよりも、女性美一般についての描き方に留まっており、聡子ではないといけない必然性が感じられません。その理由の解明は、三島のセクシュアリティにも繋がっていくところだと思っています。

 天皇の詔勅がおりた宮家の女性、いわば妃殿下を奪うというタブーの設定の上に、三島は聡子を出家させ、出家した女性に清顕は愛を伝えようとする。そこにまた、死という更なるタブーを重ねます。繰り返しになりますが、僕は、『春の雪』は小説としては難があると思っています。例えば、清顕が聡子に逢うために寺の階段を登って行く時、あの先に宮家の頂点があるという描き方をしています。そこでは、聡子との会話やふれあいの場面などの回想は何もなく、本当に清顕は聡子自身を愛しているのかという疑問がここでも湧き上がるわけです。

 こういう清顕に読み手は共感できるか、読者の中でも好き嫌いが出てくると思うんですが、『春の雪』で清顕に魅力を感じないと、輪廻転生した先の物語である第二巻『奔馬』以降を読もうという意欲が湧かないのではないでしょうか。コピーなる故に過激化する清顕は、三島の実存から出てきた主人公とも言えるでしょう。これは三島の政治姿勢や楯の会にも繋がっていく思想を表すものだと思います。

 

【『豊饒の海』における父親像】

平野:『春の雪』が手弱女ぶりに対し、第二巻『奔馬』は益荒男ぶりの主人公・飯沼を描いています。もともと三島が35歳の時には、バルザックの世界文学的なものを書こうと構想していたようなのですが、実際、社会全体のシステムやジャーナリズム、田舎から出て都市で成功しようとする物語などには関心がなかったと思います。だから、より存在論的な関心を深め、仏教の「唯識」に興味を持つようになるんです。存在論的な観念は、第三巻『暁の寺』以降、重要になっていきます。

 三島が影響を受けたトーマス・マンの『ブッデンブローク家の人びと』は、四世代の物語が描かれた大作です。しかし、三島がそのようなクロニクルな作品を描かず、輪廻転生の物語にしたのは、生まれ変わった方が、時代も場所も自由にジャンプしていけるという技術的な優勢を見つけたからです。僕がもっと大事だと思うのは、クロニクルとして描くと、家父長制度を描く必要がでてきますよね。三島は、儒教的な家族主義に反発を持っていました。意外に思うかもしれませんが、教育勅語にも批判的でした。『ブッデンブローク家の人びと』に出てくる父親は、非常に立派な人物です。しかし、三島が描く父親像は、例えば、綾倉伯爵も松枝侯爵(清顕の父)も偽善的で世俗的であり、よい描き方はされていません。唯一、本多の父親は理解を示す人物として好意的に描かれていますが。三島にとっての理想は『古事記』のような神話的世界で、それこそが日本の世界であり、それと直結する天皇像を理想として持っていたのだと思います。

(ライティング:田村純子)


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