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〔文学の森ダイジェスト〕平野啓一郎が『本心』を語る ─ 小説家の藤原の言葉「自分は優しくなるべきだ」に込められた意味

text by:平野啓一郎

 平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークル【文学の森】 にて、ライブ配信「平野啓一郎『本心』読者と語る会」を6月27日に開催しました。この記事では、ダイジェストをお届けします。


──本日は時間が許す限り、読者のみなさんからの『本心』に関する質問に答えていただこうと思います。早速ですが、何度も印象的に登場する「滝水・辺」と「鳥・羽」のモチーフ、特に、生前の母が、主人公・朔也にリクエストして向かう場所が「滝」だったということに、作者として込めた意味はありますか?

平野啓一郎(以下、平野):水は僕の好きなモチーフで、海などいろんな形で書いています。『かたちだけの愛』では琵琶湖のことを書いていて、琵琶湖は建造物がないので夜は真っ暗で、そういう風景が人間の精神に何か影響を及ぼすという気がしていました。水辺で育ったというのは、精神形成上何か違いがあるのではないかという気がするんです。水辺でも、海岸沿いと、湖と河の近くで育つというのも違うと思うんですよ。僕はわりと海に近いところで育ったので、海の思い出がよくあるんです。

 滝も重要なモチーフとして書いてみたいと思っていました。今回は『伊豆の踊り子』にも出てくる河津七滝(かわづななだる)に取材に行って、実際にインスピレーションが湧いたんですよ。自然のダイナミズムというのも感じるので、動的ですね。鳥は取材の途中で目にしていたかもしれません。僕は考えながら書く方の作家だとは思いますが、すべて理由づけているわけではなく、理由があるようでなく導入されているものもあります。ふと、偶然に目にしたものを書くこともあり、それがリアリティに繋がっていくこともあると思っています。

──続いて、『本心』が一人称で書かれた経緯をお聞きできますか。小説家にとって一人称で小説を書くということはどういうことなのか?100分de名著の『金閣寺』解説でも、平野さんは『金閣寺』が一人称で書かれていることに着目されていました。

平野:『ドーン』で、近未来小説を三人称体多視点で書くと、とても大変なことだとわかりました(笑)。読者と共有すべきとても細かな設定がある上で、なおかつ物語を描き、登場人物の魅力を際立たせなければいけないということになると、背景を簡素にすれば細い線で人物を書いてもよく見えるのに、何層にもなった細密画の上に、それに埋もれないように主人公を太い輪郭で書くというような、そういう作業が結構大変だったんです。一人称体というのは、情報量を本人の主観的な世界でコントロールできるということもあり、『金閣寺』も三人称で書けば当時の戦況がどうであったか、書かなければならないことが増えていると思います。だから『本心』は技術的な意味で一人称体がふさわしいと思ったんです。

 実は、僕は三人称体が好きな作家なんです。しばらく一人称体を書いていませんでしたので、なんとなくまた一人称で書きたいなという思いがこの作品とは別に芽生えてきました。もう一つは、お母さんの死についてずっと主人公が考えていくイメージだったので、客観的であるより主観的な「声」で書いたほうがよいと考えたこと、心を模造して心があるかのようにしゃべる存在であるAIとの対比で、一人称で内面からの「声」を書いたほうがいいのではないかと考えたことが動機でした。

 三島は一人称体が得意な作家だと思います。エッセイ、日記などとても生き生きとしていて、こんなに文学がわかる人っているんだなと関心するし、『仮面の告白』、『金閣寺』が断トツで素晴らしいと思うのは一人称体だからだと思います。しかし『鏡子の家』など、三人称体で時代を書こうとした作品は、重要な作品ですが文体的に苦しいなと思うことがある。一人称で書かれている『仮面の告白』や『金閣寺』は、作者の思想性と作品が強く結びつき、三島の思想の深みが強く現れています。それは、小説作品として成功している理由ではないかと思います。本人は、絶対に認めないでしょうが。

 僕の作品をずっと読んでくれている読者はお気づきだと思うんですが、主人公の年齢がだんだん上がってきています。晩年のドストエフスキーが若者たちの血のたぎるような議論を沸かせて描いているように、僕も主人公を若返らせて描きたいと思っています。

 しかし、年をとった自分が若者のナイーブさを三人称体で書こうとするとシニカルになる気がして、そういう意味で三人称を避けたというところもあります。

──平野さんにとって、英雄的な少年、ヒーローとはどんなことでしょうか?

平野:『「カッコいい」とは何か』で、ヒーローは何か?ということを考えました。ヒーローと近い意味で、『本心』では、憧れの存在、ああいうふうになりたいというのを「英雄的」と言葉で表現しています。

 一方で、英雄には両義性もあり、人間的な問題も意識しています。大江健三郎さんの『他人の足』という短編が好きなんですが、大江さんは英雄的な人間に対する懐疑的な眼差しが強くあります。この小説の中にある「英雄的」には、少し大江テイストの懐疑的なものも入っているかなという気がします。社会が苦しくなると英雄待望論がよく出てきますが、胡散臭い部分もあります。ナポレオンに対して、ドストエフスキーの書いたラスコーリニコフは、英雄に憧れる気持ちと、英雄だから人を殺してもという理屈のおかしさという両義性を語っています。だから朔也が対峙した英雄的少年というのも、皆を鼓舞して立ち上がる部分を書くと共に、いつの間にかいなくなっているという形にしているんです。

──僅かに「英雄的」という言葉に関連したご質問です。平野さんは中学時代に教師に絡んだことがあると以前インタビューで読みました。これもどこかでお話されていた内容ですが、基本的に行動に移すタイプではないということ、京大進学などの経歴から平野さんはエリートなのではないかと思うのですが、反体制的な彼らの存在をどのように知り、書こうと思ったのかお伺いできますか?

平野:僕は中学の時にキリスト教の学校に行っていました。宗教の授業で教えられることに納得できなくて、その疑問を書いたことで職員室に呼び出されたり、生徒総会で不服を発言したりしていましたが、はっきりいうとその程度で、大きな抗議運動をしているということではありません。学生時代、正義感の強い、感心するタイプの友人はいましたが、僕自身は活動家タイプでなく、人前で演説して鼓舞するというのは苦手で、だからこそ小説を書いています。文章を書いて人に伝えるということにやりがいを感じますし、性に合っています。一市民として、国会前のデモに参加するというのは何度もやっていますけど、政治的に落ち着いた時代でしたから、学生時代は政治活動などしていませんでした。時代もあると思います。今はネトウヨという言葉があるくらい、保守と右翼という言葉も使われていますが、今と比べても僕の時代は政治性が薄かったと思います。

──移民であり、言葉が不自由なティリのモデルはいますか? また、そういった問題に関係なく、言葉が不得手なこと、語彙が少ないこと、思索が苦手な人について、広く平野さんの考えをお聞かせください。

平野:もともと移民の問題に関心がありまして、『マチネの終わりに』でも取り上げました。ヨーロッパの移民受け入れは、日本よりとても進んでいます。その中で言葉が、母語と移民先の言葉、どちらも中途半端になっているというケースがあります。そういったことに関心を持って関連する本を読んでいました。日本でも実はそういう人が少なからず存在しているんですが、言語力の問題のはずなのに、発達障害だと誤診されてしまうケースなどもあります。この件に関してかなりリサーチをし、具体的な考えを巡らせていました。またそれとは別に、ミャンマー人と日本のミャンマー人コミュニティについても調べたので、そういう部分で想像を膨らませたのと合流させて、ティリという一人の人物になっています。

 いろんな能力があり、いい面があるのに、言葉が苦手だと生きていく面で困難が生まれることがある。いろいろな形で周りのサポートがないと、人生自体、難しくなるということがありますよね。『本心』は、主人公である朔也に秀でた能力が見えにくいんだけれども、言葉に関わる能力が長けていたということが彼の人生を好転させうる大きな意味を持っていた、という物語です。彼の言語能力で彼だけが人生を好転させていくのではなく、言語能力に問題を抱えているティリに出会い、助け合う先に、朔也にとってもいい未来があるという物語にしたかったのです。そういった言葉への注目から造形した人物でした。

──小説家の藤原が「・・・自分は優しくなるべきだと、本心から思ったんです。・・・」と朔也に伝える場面が心に残っています。この「優しくなるべきだ」という言葉は、話の前後から判断すると、恵まれたとは言えない境遇のなかでも前向きに生きてきた朔也の母に対して、もっと努力しなさいとは言えなかった、朔也の母に対して、「優しくなるべきだ」と思った、というふうにとれます。ただ、個人的には、もっと広い意味に使われているように思います。何か意図はありますか?

平野:文学は90年代までは上から目線で、ポストモダンの時代には、文学はやり尽くしたのであとはパロディしかないという言説や、文学の世界内だけで面白いかというような閉鎖性があり、一般的には面白くないんじゃないかという強い疑いを持つと共に反省もありました。高度な”言葉の愉楽”というようなことを言ってる人たちの中には、本質的に文学を求めつつそこにアクセスできない読者のことは、最初から考えられていないんです。

 といいつつ、自分の初期作品には、高度な読解力を要する作品もありました。自分の仕事として後悔はしていませんが、この時代をどう生きていけばいいのかという問題に深く関わっていくことが『決壊』以降あり、いろんな条件で文学を求めている人がいて、自分は自分の書くものがその人たちに届かなければ、意味がないのではないかと思うようになったんです。

 世間一般、多くの人に小説を読んでもらうために、デザインや認知科学的なこと、言語の勉強をしました。必ずしも内容を簡単にするとか、ある物語内での情報量を減らすということをしなくても、それなりに読んでもらえる作品になるよう工夫してきました。『本心』をはじめとする最近の作品には、自分の思想の進化が映されていると思っています。

 分人主義という考え方を、僕は、最初に『ドーン』で提示しました。その時、多くの人がアクセスできる新書という形でまとめられたらもっとその本で助かる人がいると、多くの人に言われました。僕は小説家だから、小説という形で読んでもらいたいけど、多くの人に届くならそういう形で本を作るのもいいと思ったんです。小説家になったときは、どういう人がどういう状態で読み続けてもらえるかわかりませんでしたが、小説家としての活動が長くなるにつれ、具体的な読者との交流の中でわかってくることがあって、今の時代をみんながどう生きているのか考えることが多くなっています。

 作中で、僕と同じく小説家である藤原が「自分は優しくなるべきだ」と言ったことのひとつですね。

(ライティング:田村純子)


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