
今回は、新書『なぜ働いていると本を読めなくなるのか』が話題の書評家・三宅香帆さんをゲストに招き、文学とのゆかりも深い「京都」をテーマに対談。ともに京都大学進学を機に在住を始め、良質な書店も充実する京都は、ふたりの読書体験に大きな影響も与えた地。通常の観光案内とはひと味違う、思い出に彩られた京都案内をご紹介します。
〇対談者 三宅香帆(みやけかほ)
文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程中退・リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活躍。著書『なぜ働いていると本を読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』等多数。
【京都については知ったかぶりをせず「よそ者」として生きるのがいい】
平野啓一郎(以下平野):今日はお忙しいところありがとうございます。京都の観光案内は世の中に溢れていますが、もっと生活感のある、ローカルな話をするライヴ配信をやってみたいと、ずっと考えていました。今日は三宅さんと京都大学時代の思い出話も含めて、お話しできたらと思っています。
三宅香帆(以下三宅):こちらこそ、お声掛けありがとうございます。以前から平野さんの著作は拝読していましたが、京都について語っているエッセイなどは意外と拝見したことがないなと思っていましたので、今日の対談をとても楽しみにしていました。
平野:1994年に京都大学に入学して、2004年にフランスに行くまで、結局、京都に10年ぐらい住みました。僕にとって京都は非常に居心地が良かったんですが、その理由のひとつは、京都についてあまり知ったかぶりして語らず、「よそ者です」っていう顔して生きてたので、京都の人たちからも非常に親切にしてもらった記憶があるんです。ですから、小説の舞台としてちょっと書いたり、インタヴューで話したりとか、自分なりの思い入れはあるんですが、いざ京都について書こうとなると、ちょっと緊張するというか、構えるというか。
三宅:その気持ち、すごくよく分かります。私も出身は高知で、大学入学を機に京都に来ました。大学院まで7年間住み、その後3年半ほど東京で暮らした後、会社を辞めて独立する際に京都に戻ってきました。意外と長く京都で過ごしているのですが、いわゆる「ザ・京都」のような場所に深く入り込んでいるかというと、まったくそんな実感はありません。だから京都について何かを語れるかと言われると、難しいですね。
平野:京都は本当に多面性がありますよね。学生街としての顔もあれば、観光地としての顔もあります。祇園のような場所もあれば、西陣のように職人さんが住んでいるエリアもあります。場所によって雰囲気がかなり違うので、なかなか一括りに「京都」を語るのは難しいと感じます。僕もディープな京都の内側で生活したという実感は10年いても全くありません。祇園なんて行ったこともなかったですし、ほとんどそういうところは、仕事をするようになってから、瀬戸内寂聴さんに連れて行ってもらったんですよね。
【京都で執筆に励まれた瀬戸内寂聴さんとの思い出】
三宅:なるほど。それはいつ頃のことですか?
平野:1999年に芥川賞をいただいた時、法学部の5回生だった頃ですね。瀬戸内寂聴さんとお話したことがあるのですが、瀬戸内さんは京都に長く住んでいて、彼女も徳島出身ですが、「京都人のふりをしないことが大切だ」と心得ていたようです。そのおかげで、あまり意地悪はされなかったと言っていました。
三宅:デビュー直後から、瀬戸内寂聴さんやその辺りの作家さんと祇園で遊ぶような会があったんですか?
平野:ええ、瀬戸内さんは僕のデビュー作が文芸誌に掲載された時から、高く評価してくださっていたそうです。2000年になる頃、新聞の企画で、新春の座談会で初めて「寂庵」(瀬戸内寂聴宅)でお目にかかりました。座談会後、文化人類学者の青木保さんと3人で祇園に行きましょうということになり、それが僕の祇園デビューでした。瀬戸内さんの作品『京まんだら』のモデルになった「みの家」というお店に行くと、すごい名前の人たちが来ているんですよね。イサム・ノグチが来た時の話や、甘糟正彦という軍人の話などが出てきて、圧倒されました。
三宅:錚々たるメンバーですね。宇治の源氏物語ミュージアムで、瀬戸内寂聴さんの展覧会が時折開催されているのですが、瀬戸内さんが源氏物語を訳した時の「何箇条」みたいな掟が、メモで残っています。そこに「肉を食べる」ということが書かれていたのが印象的でした。年齢を重ねてからも健啖家だったんですね。
平野:瀬戸内さんには祇園にある「豊」というステーキ屋さんにも連れて行ってもらったのですが、90歳を過ぎてからも、コース料理をたくさん食べた後、80gくらいのステーキを食べていましたね。『源氏物語』の翻訳に6年もの歳月を費やしたそうですが、それほどに、この大事業は体力を要し、並々ならぬ覚悟と気概で臨まれたのだと思います。
【よく訪れた谷崎潤一郎ゆかりの店では、忘れられない人生三大後悔のひとつが・・・】
三宅:京都時代に読んだ思い出深い作家といえば、どなたになりますか?
平野:一人はやはり、谷崎潤一郎ですね。大学に入った頃、谷崎の作品をよく読みました。法然院に谷崎潤一郎のお墓があるのですが、初めて京都に来た時、谷崎の命日にお参りに行ったんですよ。自分の文学的な運勢が上がりますように、ということで(笑)。
三宅:私も大学院の試験が終わった後、文学部の友達と「運勢を上げたい」という話になり、谷崎のお墓に行ったことがあります。意外と自由にお参りできることに驚きました。
平野:哲学の道に「グリーンテラス」というお店があるのですが、ここは昔、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』に出てくる、若い息子の嫁、颯子のモデルになった渡辺千萬子さんが住んでいた場所なんです。当時は2階から上が住居で1階が「アトリエとカフェ」という喫茶店でした。私は知人を通して渡辺千萬子さんと知り合い、よく遊びに行っていたんですよ。
三宅:ああ、あそこですね。
平野:私はよく遊びに行き、渡辺千萬子さんとお茶を飲みながら、谷崎潤一郎の思い出話を聞いていました。谷崎との書簡にもありますが、渡辺さんは秘書をされていて、英語もお出来になったので、版権の翻訳などのお手伝いをされていたようです。実は、今でも後悔していることがあるんです。この建物の奥に展示スペースがあり、谷崎の遺品が展示されていたのですが、そこに谷崎が特注した机がありました。薄い引き出しが付いていて、原稿用紙がぴったり収まるようになっていました。左に書きかけの原稿、右に推敲済みの原稿を入れていたそうです。谷崎は京都の家を引き払う際、その机を粗大ごみに出したらしいのですが、渡辺千萬子さんが「捨てるのはもったいない」と取っておいたそうです。実は「平野さんみたいな若い作家の方に、貰ってもらいたいんですけど」と言われたのですが、あまりにも突然のことで、「とんでもないです」と断ってしまいました。そしたら、少し残念そうな顔をされて、「そうよね、こんな大きなものをもらっても困るわよね」と言われて、二度と譲ってくれる話は出ませんでした。今、その机は芦屋の谷崎潤一郎記念館に展示されています。記念館に行くたびに、「あの時もらっておけば…」と後悔しています。
三宅:とっさに言われたら、遠慮してしまう気持ちも分かります。
平野:そうなんです。雑誌の企画で「平野さんのお宝みたいのがあったら、紹介してください」とか言われるたびに、この机をもらってたら、お宝として披露できたのにと、ずっと後悔してるんです。これは僕の人生の三大後悔のひとつです(笑)。
三宅:谷崎でいうと、『細雪』の舞台にもなっている平安神宮の近くにある「無鄰菴(むりあん)」が、意外と知られていないスポットなのでおすすめです。庭がすごく綺麗で紅葉も美しいですよ。
【読書好きが訪れる「恵文社」などオリジナリティのある書店があちこちに】
平野:東大路通りにジェイムスキッチンというハンバーガー屋さんがあるのですが、昔ここの2階にバーがあって、僕はここでバーテンを週に2、3回、夜中の3時まで三年間してたんです。
三宅:ジェームズキッチンっていうのは「JK」とみんなに呼ばれてて、サークルの新歓で候補に挙がるようなところです。私が行ったときは、カレー食べ放題の店に様変わりしていました。この辺りにお住まいだったんですか。
平野:僕が住んでたのは一乗寺の辺りです。「とん吉」のとんかつがお気に入りで、野菜を煮込んだような独特のソースがすごく美味しくて、週に2、3回は通ってたんですよね。あとは、今はもうなくなってしまいましたが、萩書房という書店があって、本をよく買ってたんですよ。 人文書院から出ている4巻からなるボードレール全集が、二束三文で売られていて、それを買ったおかげで『葬送』という小説を書けました。
三宅:いい話ですね。一乗寺の辺りは、「恵文社」という人気の書店さんがあるので、本好きの方はぜひ行ってほしい場所です。
平野:恵文社というのは非常に変わった本屋さんなんですが、奥がギャラリーみたいになっていて、 僕がいたときは、シュルレアリスム関連とか、変わった本がたくさん置いてあって、面白かったんですよね。「世界の綺麗な書店ベスト100」でも、結構上位の方にランクインしています。
三宅:恵文社さんは、本当についつい立ち寄ってしまう本屋さんですよね。新刊ももちろん置いてあるんですけど、テーマごとに特集が組んであったりとか、本の並べ方にも工夫があって、いつ行っても楽しいんです。気軽に入ってくる方も多いみたいで、観光客やカップルが立ち寄っている風景をよく見かけます。書店がそういう風に、多くの人が気軽に立ち寄れる場所になっているのは、すごいなと思います。
平野:『日蝕』が出た時には、まだ一乗寺に住んでいたので、ある時、恵文社に行ったら自分の本が置いてあって、嬉し恥ずかし、なんかちょっと近づけませんでしたけどね(笑)。
三宅:自分の本には、やっぱり若干恥ずかしい気持ちになりますね。さっきの恵文社の近くにある、私がよく行っていた大垣書店高野店は、私にとって恵文社とセットで訪れるのが好きな場所でした。大垣書店は、京大近くの書店なので、今も昔も、入ってすぐのところに人文書の新刊がずらりと並んでいるのが印象的です。普通の書店なら、入り口付近にはベストセラーや話題の書籍が並んでいることが多いと思いますが、ここは本当に人文書の新刊が一通り揃っている感じです。筑摩学芸文庫も充実しています。
平野:それ僕も言おうと思っていたんですよ。ハイデッガーとかよくここで買いました。
三宅:私は蓮實重彦や大塚英志の本や、講談社学術文庫などをよく買っていました。それから、京大の生協の書店「ルネ」にもよく行きました。決して大きいスペースではないのですが、ぎゅっと本が揃っている場所ですよね。
平野:僕は実は、大学に入って、本を読むのはやめようと思っていたんです。高校時代に本ばかり読んでいたので、大学に入ったら、実際的なことを学んで清々しい社会人になろうと思っていたのです。ところが、「ルネ」に教科書を買いに行った際、北九州にいたときには見たこともない本を目にしてしまい、そこからまた文学の世界に引き戻されました。
三宅:まさかの「ルネ」が、平野さんの人生に影響を与えたのですね。
【京都が舞台のおすすめ文学作品】
──視聴者の方から質問がきていますが、京都を舞台にした文学作品でおすすめはありますか。
三宅:私は九鬼修造の文章が好きなのですが、『祇園の枝垂桜』という随筆は、京都を描いた話の中でも特に好きな文章なので、読んで欲しいと思います。青空文庫でも読むことができます。九鬼修造の京都描写は、何を食べたらこんな文章を書けるのだろうと思っているほどです。小説ですと、田辺聖子の『甘い関係』と言う小説はご飯がいっぱい出てくる作品なのですが、うどん屋やお弁当など、京都のおいしいもの図鑑としておすすめです。
平野:瀬戸内さんの『京まんだら』も祇園のあたりの世界を相当お金もかけて取材していますから、とても面白いと思います。
平野:話は尽きませんが、本日は僕の長年の念願の企画がついに実現して、いろいろなお話に付き合ってくださって、おかげさまでとても楽しかったです。 どうもありがとうございました。
三宅: 私もとても楽しかったです。今まで聞いたことのない平野さんのお話も聞けて大満足です。どうもありがとうございました。