あらすじ
愛したはずの夫は、まったくの別人であった。
—「マチネの終わりに」から2年、平野啓一郎の新たなる代表作!
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。
ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。
人間存在の根源と、この世界の真実に触れる文学作品。
ある男とは本当は自分のことかも?
(山本雅洋・40代・男性)
現代版の「他人の顔」(安部公房著)。存在論がメインテーマのようでもあり、現代の些末な日常でもあるような、居心地の悪い「なりすまし」。傑作「マチネの終わりに」の後継作として、とても満足しています。
(矢本嘉則・60代・男性)
平野さんの新作を読みたいがために「文学界」という文芸誌を初めて購入しました。導入部からグイッと入ってズイズイッと進み、終盤カタルシスを感じながらいたところで(了)となりました。「あぁ、終わりなんだ…」となりました。この余韻は各自の中で納めて、ということだな~と納得しました。
(キョウコ・60代・女性)
この作品での、平野さんの表現は、現代日本語の文章の一つの到達点だと感じています。
「帰郷して以来、知らず識らずに募っていた自身の境遇への感傷が、最後のほんの些細な数滴のために、表面張力を破って、溢れ出してしまったかのようだった。」(2-1)
このような文章に出会えるだけでも、毎日の連載を楽しみに読む価値があると思っています。
ーーー
「私が、私であるとは?」ということについて、考えさせられています。
私の周りの人間が私について感じていること・語っていることの中からぼんやりと立ち上がってくる像に過ぎないのかもしれない。
私自身にとっては、過去の経験の中から都合の良い部分を(時には、都合の悪い部分も)つなぎ合わせて作り上げた「私なる人間のオハナシ」が私なのかもしれない。
そんなことを、考えさせられています。この後、里枝と結婚していた谷口大祐とは何者だったのかが追求されていく過程が楽しみです。
(亀野あゆみ・50代・男性)
物語になっていないものが、もう何もなければいいな。いかなる苦しみも虚しさも欠落も奪いも嘘みたいな、一切受け入れようのない現実も、最早認識すら出来ない痛みや切実な想いも物語になっていてほしいし、物語になってほしい。更新され続けて欲しい。
そして、いつか誰しもがその物語に辿り着けるといいな。
物語があっても、それに出会っても、変わらないものは変わらないけれど、変わるものは、何かはどうしようもなく変わる。その変わるものは、もしかしたら、自分さえ無意識のうちに私たちが運を掴める、或いは運を掴みに動き出せるような、何かなのかも知れないし、そうではないのかもしれない。
物語を、今後ともお願いします。安全な場所にいるからこそ書ける切実を、どうかどうかお願いします。
(モリッ・20代・男性)
人の、人生の不条理に対する無力さ、織り込まれた今日的な社会課題と、それらのむずかしさを包み込むようなやさしさが余韻のように残りました。
差別、とりわけ在日韓国朝鮮人のこと、格差や虐待、死刑制度のこと、政治への主体性のことなどが自然に語られていて、主人公の城戸と妻のギャップ、そこで生じる葛藤も、自分の関心ごとや周りで見聞きすることと重なってリアルでした。そうしたものとの折り合いのつけかたが、白でも黒でもなく、かといって煮え切らないというものでもなく、やわらかで寛容に感じられました。
平野作品の中でも、非常に共感できる主人公でした。
(小林奈穂子)
週に1度「ある男」のメールレターがiPhoneに届くと、受信フォルダの中でその件名だけが少し沈んでいるように感じる。
私自身が中年と呼ばれる年齢に到達したこともあり、「ある男」は思い通りに行かない人生を俯瞰してみるきっかけとしてもとても心地よい。
電車に揺られ仕事から家庭にモードを切り替える時の寄り道として拠り所になっている。
(しらもも・40代・女性)
いつもメール配信ありがとうございます。ある男 毎週楽しみにしています。最初に配信いただいた時 一気に読みたくなって文学界を購入しようと思ったのですが、機会がなく読み切る事はできませんでした。正直に言いますが平野さんが芥川賞を取った事はその時のニュースで承知していましたが、作品紹介が何か小難しい感じ(勿論個人の感想です)がして、読ませていただいた事はなかったです。毎日新聞連載の「マチネの終わり」が最初で感動しました。
そんな読書経験なので、ある男が結婚をして、死亡して、その人が別人の人生を伝えていた事に驚きました。
このようなミステリー風の小説も書く作家だったのですね。
マチネもそうですが、平野作品の登場人物は主役級の人は勿論魅力的なのですが、その他の人々にも存在感があって好感の持てる人がたくさんでてくるので楽しみです。
たまたまですが、マチネもある男も新しいページを開く歓びを感じる形態で読み続けていますので、新たな登場人物がでてくるたびに楽しんでいます。
この物語もマチネ同様、話題になり、多くの人に楽しんでもらえる機会が得られればと思います。
(島のツバメ・70代・男性)
1ヶ月程度寝かせて、何度か読み直すのがオススメです。自分の周りの状況が少し変わって、世の中が少し動くだけで、異なるシーンに惹かれたり異なる登場人物に自分が重なったりします。フィクションなのに登場人物に共感してしまう、この作品は別格でした。
(匿名希望・女性)
これからの人生、辛いことも悲しいこともまだまだたくさんあるだろう。けれどそんな時、この本はその傷みに寄り沿い、一筋の光となってくれるはずだ。
不条理な現実と冷静に向き合いながらも、人間の愛と優しさの可能性を決して諦めない平野啓一郎という作家について、もっともっと知りたくなる。
紀伊国屋書店新宿本店 山下真由さん
「一体、愛に過去は必要なのだろうか?」
衝撃的な序盤からラスト一文に至るまで・・・
まったく無駄のない豊饒な文学世界に、
ただひたすらに打ちのめされた。
漆黒に染められた真実があれば、
美しい光に満ちた嘘もある。
もう一つの人生を想像することで、
本当の自分自身が見えてくる。
読後に現れるのは思索を極めた深遠なる領域。
物語にできることの最高到達点を体感できる
この作品は紛れもない"傑作"である!
三省堂書店有楽町店 内田剛さん
吸引力の変わらない、ただひとりの作家。
なんて言い方をしてしまいたくなるほど、
冒頭からぐいぐいと話に引き込まれる。
物語の運びの巧さ、美しく綴られるその
文章のためであろうか、きれいにストンと
頭に入り込み、「ある男」とは自分のこと
なのではないかという錯覚すら覚える。
彼のことを考えると同時に、自分のことも
ふと、考えてしまう。
今を想い、過去を想い、人を想う。
そんなきっかけを与えてくれる1冊です。
紀伊国屋書店京橋店 朝加昌良さん
「ある男」、それは自分であり、他人でもある。
今作品はテーマが深く、どこまでも自分や他者、ひいては社会全体についても考えてしまう。
この作品を読むことによって、考えさせてもらえる、といったほうがよいのかもしれません。
作品を読みながら様々なことに思い至り、読みながらも思考する、という、なかなかに疲れる読書体験でもありました。
しかしながら、とても魅力的な表現がちりばめられており、まさに文学作品を読んだという心地よい余韻もあるのです。
ぜひ、この作品に触れてほしい。
きっと少し歳を重ねたほうが作品に共感できるだろうけれども、私より若い人にも読んでみてほしい。
色んな視点から読める作品であり、何より、平野さんの文章に触れてほしいから。
人によって感じることが違うだろうし、この静かな熱を帯びた作品が自分の人生に少なからず何かしらの影響を及ぼすであろうと思う。
でも、ちょっぴり心構えは必要かな。
生易しい作品ではないから。
旭屋書店池袋店 礒部ゆきえ
私という実体はおそらく継ぎ接ぎだらけの承認で出来たある何かでしかない。
そして、社会的にもある何かとして死んでゆく。
それでも、私は愛するものの輪郭をある何かなどという朧げなものとしては描かない。
交わした思いや言葉の数々が、対象に温度を与え私の知りうる限りのあなたを描こうするだろう。
同様に、他者にある記憶、他者とあった記憶によって私自身が象られ、無垢な愛の対象として存在することが出来たなら、それこそが私だと初めて言えるのかもしれない。
ただ、それを願うことはこんなにも難しく、
故に尊いのだと
城戸が考えたであろうことを私もまた同じように感じるのである。
紀伊国屋書店西武渋谷店 竹田勇生さん
愛にとって過去とは何なのか、という主題はもちろんの事、平野さんご自身がずっと向き合ってこられた「私」とは何か、という事についても考えさせられました。
何が「私」たらしめるのか。一般的には、これまで歩んできた過去や経験が積み重なって「私」を構成する、というものなのでしょうが、「ある男」、つまり「X」はその過去を脱ぎたかった、「私」ごと無かったことにしたかった。その気持ちに胸が苦しくなりました。しかし決して悲しいだけの物語ではなく、物語全体を包む「愛」のようなものがこの作品世界を照らしており、その光が、私はとても好きです。
ジュンク堂書店池袋本店 市川真意さん
ある男に惹かれた城戸さん、その城戸さんに惹かれた作家。「序文」がとても強烈な印象を残して、途中何度も「序文」に立ち戻ってしまったわたしはまんまと作者の思うツボにはまってしまったのだろうと思う。思うツボにはまるのも悪くない…いやむしろよろこんで!という感じです。
紀伊国屋書店横浜店 川俣めぐみさん
「ある男」の正体を調査するために彼の過去の秘密を暴いていく主人公の物語は上質なミステリのようで、先へ先へと読み進めてしまう。ラストまでまっしぐらだ。しかし私は読みながらしだいに不安感にとらわれていた。
ある人間の存在を規定する判断材料は人種や国籍、性別、年齢、家族関係、または学歴や職歴等々。それらは表層的なものにもかかわらず、私たちはそれを内面化して人格を形成し、それらしく振舞うことを自分に課したり他人に求めたりする。
だから愛する人の、ずっと信じていた過去のすべてが嘘だとわかったとき、その人の存在や愛し合った事実さえも嘘だったと感じるかもしれない。それは伝染病のように、自身をも脅かし、自分がバラバラになって崩れていくような感覚を覚えるかもしれない。「私だと信じていた私とは、一体何者なのか?」
ため息の出るような確かな文章力とリーダビリティに圧倒されながら読み終えても、その不安は消えない。しかしその存在の揺らぎこそ、ほかならぬ人間の可能性、つまり希望なのだと本書は語りかけている。まさに、人生観を変える小説なのだ。
こんなにも心に刻まれる読書体験は、滅多にない。
今野書店 水越麻由子さん